彼に出会わない輪廻  2













深い深い鐘の音が鳴り響く。
重い響きを発しているのは、キムラスカ・ランバルティア王国の王城であるバチカル礼拝堂からであった。
城下だけではなく、今この時はオールドラント中の人々が、たとえ鐘の音聞こえず遠き地に居ようとも黙とうを捧げた。

今、一人の男の葬儀が盛大に且つ、厳かに行われている。
名を、アッシュ・フォン・ファブレと言う彼の死因は、紛れもない老衰であった。
日に日に著しく医療技術の発達が成されるオールドラントにて最高峰の治療を持ってしても、老衰という人類の永遠の病に打ち勝てる日は来ないであろう。
仕方のないことなのだ。
彼は昨今の平均年齢より僅かに上回るほど、俗に言う長生きをしたのだから。
その生涯は激動であったのかもしれない。
キムラスカ・ランバルティア王国の王族に連なる、ファブレ家の嫡男として生まれたアッシュは、最初ルークと名付けられた。
今では信仰の偶像でしかない、聖なる焔の光と…ローレライの化身と預言に詠まれていたからだ。
そのせいで、一度は表舞台から姿を消し、再び戻ってきた時には齢二十歳となっており、名をアッシュと改めた。
数年後、国王インゴベルト六世は、愛娘ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルティアとその夫である由緒正しい一貴族との間に男児が生まれたことを知り、引退を宣言した。
後に歴史に深く名を刻む、女王ナタリア陛下の誕生であった。
一時は預言で乱れた国に善政をしいた側面には、臣下として常にあり続けたファブレ家を語らずを得ない。
元々世界を救った英雄として名の高かったアッシュは特に民に人気も高く、それに十分こたえられるだけの手腕も持ち合わせていた。
月日は瞬く間に過ぎ、数十年後には父であるクリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレが他界すると、アッシュはファブレ家当主の座を継いだ。
そして、数十年後同じくして、彼も今ここに眠ることになる。
誰もがその死を悼み、慈しみ、悲しんだ。
彼もまた、例外なく辿りし、天へと昇る道を進むことになる。

















今日…とか、そういう時間の概念はこの場には存在しない。
だから、今この時も、過去も未来も全て、この作業の繰り返しでも、疑問に思うことなど何もないのだ。
無数に漂う魂と、その采配を決める者たちだけが有る世界。
命の灯とは、なんと眩しいものなのだろうか。

人間の輪廻を司る位の高い人物は、その時も魂の行き先を決めていた。
「これはまた…随分と人々に惜しまれて、ここに来た魂だね。」
一つの魂を前に始まりから述べる。
「その魂の名は、アッシュ。天寿を全うしましたが、残念ながら彼の血の繋がった親族は全て生の世界にはおらず、彼自身も婚姻せずに子もおりません。」
側に控えていた空へ浮かぶ書物が、その境遇を語る。
ざっくりと仕える主に述べたが、その間にもアッシュの数十年にもなる人生を提示するのだ。
「誰もが羨望する立場にありながら、困った魂だね。」
やれやれとアッシュの魂を手に、扱いかねる様子を示した。
「そうですね。一体、彼はどこへ転生を望むのでしょうか。」
珍しく書物は、疑問を出した。
ここに来る魂にはそれぞれ、さまざまな境遇の持ち主で千差万別で、それをわかっていても、各段と変わって思えるアッシュの魂の行き先が気になる。
転生は、魂の義務であり、抗うことなどできないのだ。
無論、生前の記憶を持ったままなどと言う、神にも反することはないのだが、器を形成する要因の一つになるのは間違いではない。
その繰り返しという堂々巡りを何度も行い、生と死の世界は循環し続けることで、存在をしている。
もちろん、魂が次の行先を望んだとしても、必ずしも叶えられるというわけではない。
どの魂もが、より良い身分や立場、巡り合わせ、安楽を望んでいるのだから、結局は運という要因に引きずられる結果とはなる。
ただ、魂の定着という観念から見るとすると、比較的生前の血族にかかわり深くなることが多いという可能性の示唆はある。
「さて、お前はどこへ転生を希望する?」
だが、本人の希望を聞くぐらいの算段はあるので、いつもどおり尋ねることにはなる。
魂の響き、時には叫びに、心を傾ける。

………その応えに、アッシュは何も返事をしなかった。
いや正確には、答えたのだが、無心と一緒だったのだ。
どうでもいい、好きにすればいい…と、ただそれだけを。
誰もが必死で自分の良さを語り、より良い転生を望むというのに、アッシュは懇願をしなかった。
まるで興味がないという風に、あり続けるだけ。

「望みがない…とは、また変わった魂だ。ならば、流れゆく風に任せるままに転生をするがいい。」
その返答に、不快な思いなどはしなかった。
だから望みのないアッシュの望みを叶えるように、自由に。
突然、転生へ行くための階段として一つの光の道が導き出される。
ここから先の領域は、ただ自然と出来たような道なのだから、道を作った本人も知らない。
見送るばかりではあったが、アッシュの魂の行き先に幸あれと、願う。
彼が元々生きた世界より、数十年…数百年…数千年……先の世界へ向かうのだ。





そして、またいくつもの星霜が廻る。

「あれ?隣の家に住んでいた男の人、亡くなったってホント?」
「随分優秀な人だったらしいけど、今回は放浪じゃなくて、本当に亡くなったらしいよ。」
「生まれてすぐに両親に捨てられて相当酷い人生だったけど、本人は見目も良くて素晴らしかったのに、勿体無い人が亡くなったね。」
「えーでも、結婚しない男って何かしら絶対欠陥があるって言わない?あんなに格好良かくてクールだったのに結婚しないだなんて、やっぱり何かあるんだよ。」
「こらっ、死んだ人のことをあれこれ言うのは良くないよ。」
「はーい。」



















めぐるめぐる輪廻。
もう、何度目の転生だが、アッシュが覚えている筈がない。

時には世界を旅する吟遊詩人となり、
時にはその時代の権力者となり、
時には裏世界を牛耳るコーサ・ノストラになり、
時には様々な国を渡り歩く外交官となり、
時には俗に探偵と呼ばれる職業になり、
時には宇宙を旅する操舵士となり、

結局流浪することに変わりはなくとも、その人生に満足すること一度足りともない。
引きづられ続ける想いの正体を知らぬまま、彼はまたこの人生で死ぬであろう。
何度も転生を繰り返して、同じことを行い続けるのだ。
それは、彼に会うことが出来ないから。
自由に…転生を繰り返していると思われるもう一人の彼を探し続ける。
ただ、アッシュという人生を生きた時に、唯一心に残る人物…彼を探して。









ふわりと漂う光の世界で、魂のみになったルークは一生待ち続ける。
たった一つだけ望んだ転生場所が現れ続けるのを

自分自身のせいで、一生再会できる事も知らずに−−−願いが叶うことはない。











アトガキ
ルークの転生場所はアッシュの子供。でもアッシュはルークのことがあるから子供を作らない。だから永遠にルークは生まれないのでアッシュと会う事は出来ない。
という感じです。オリジナル色の強い話でしたが、ここまで書ききらないとタイトル通り輪廻が分かりにくいかなと思いまして、やっぱり悲恋ですみません…
2009/09/05

back
menu