虹をかけるような色とりどりのベニア看板に子供ながらではあったが、目を奪われて歩み寄った。 「いらっしゃい。」 ハタハタとやってきた子供に対して、椅子に座っていた店主である若い男は景気の良い声で話しかけてきた。 店先は少々立地が悪いので客入りは少なく、今思えばそれは珍しい客だったのかもしれない。 子供からすればそんな会話には慣れていなくて、おっかなびっくりな様子を一瞬見せたが、それでも興味心で声に誘われる。 そもそも『カラーひよこ』というものがいったいどういったものかそれほど理解が出来ておらず、覗き見るように、目の前に置かれた小奇麗な箱に顔を向けた。 ぴよぴよぴよ……… 小さいが、ざわめく様な幼く 高い声が鳴り響き、こもっている。 一匹どころではなく沢山の。 「珍しいだろ。こいつらはみんな、ひよこなんだぜ。」 不思議そうに見つめる子供に対して、店主は簡単な説明を始めた。 ひよこ… その存在が直ぐには思い当たらなくてしばし思いをめぐらせたが、合点へと行き着く。 チキン(鶏)の雛だったような思いを。 普段目にするのは調理された後で姿かたちとする造形が違いすぎるが、こんな色とりどりだったのかと、驚いた。 狭い箱の中をうずめくように動いている姿は、犬や猫とも全然違い、頼りなさそうな感じだ。 生まれたばかりでやっと目を開いたのだろうと思しき者もいるほどだった。 「ここに出店してからお前さんが一番の客だ。特別安くしとくぜ。100ガルドで、どうだ?」 ここにきて、この生き物が売り物だという事にようやく子供は気が付く。 露店として開かれているが、確かに店の面構えは見世物小屋ではなかった。 「…ガルドは持ってない。」 単に言ったのだが、冷やかしでもなんでもなく本当にそうだった。 元々、買い物するために市街地に下りていたわけでもないし、ファブレ公爵邸で欲しいものは何でも与えられていたから、お金を使うという概念を知っていても、実際使った事はなかった。 ためしにポケットを探っても、もちろん1ガルドもないであろう。 「持ってないか…」 聞いたのと同時にがくりとうな垂れた店主ではあったが、仕方が無い。 こんな小さい子供に買ってもらおうと思ったのがそもそもの失敗だったのだと、あきらめる気持ちを向けた。 一応、子供向けな商売だという自負はあるが、ちまたにあふれる駄菓子のように決して安価に販売しているわけでもない。 次からは親子連れを狙おうと、心に決めた。 さて、そろそろ餌やりの時間だ。 たとえさっぱり売れなくても世話はしなくてはいけないので、店主は後ろから餌袋を出してひよこたちに餌を与え始めた。 相変わらず先ほどの子供はひよこの箱を興味深そうに眺めているが、それほど邪魔なわけでもないし、寂しい店先にサクラのようでも子供がいたほうがマシと思い、無言で放っておいた。 木製の小さな餌箱に穀物を入れ、続いて荒らされていた水を新しく替えると、ひよこたちは飛ぶように餌に群がってくる。 ひしめき合って隅の餌をつつくのだが、その群れの中からぴょんっと弾き飛ばされた一匹のひよこがいた。 それはとてもとても小さなひよこで、体格的なのかそれとも生来の性格的なのか、一度遠ざかってからまた戻ることはなかった。 決してケチっているわけではなかったが、瞬く間に餌は食い散らかされて跡形もなくなってしまう。 「あーまた食いっぱぐれちまったか。」 いつもこのひよこばかり餌にありつくことが出来ないので、哀れみを感じて店主は呟いた。 今は暇だから個別に餌も与えられるが、もっと大きくなったら要領が悪いままでは生きられないだろう。 何しろ、このひよこは色が劣化してるし、動きもイマイチだ。 身体も丈夫ではなさそうなので、売ってすぐ死んでしまったら、客からクレームが来るだろうなとも思う。 全然ひよこが売れないので、店主としても餌代も惜しい。 そろそろ処分―さえ考えていたのだった。 ひょいっと、そのひよこの首根っこをつかみあげる。 成人男性の手からするとげんこつよりも小さいほどの命が、摘み上げられる。 「そのひよこ………どうするんだ?」 急に店主の耳に言葉が飛んできた。 ドキリっと一瞬心臓が高鳴る。 声をかけたのはずっと店先にいた少年で…もしかしたら、子供は察しがいいのかとさえ思うほどだった。 「ちょっとな。」 立場から言えば冷や汗を掻くこともないのだが、店主にはきちんとした道徳心が残っていたので、言葉を濁した。 「そのひよこ…俺に渡してくれ。礼は後で必ずするから。」 子供は、まっすぐな目で訴えて宣言した。 視線の先はまごうことなく、指で宙にぶら下がっているひよこであった。 「はあ?こいつをか?」 カラーひよこは客に選んで買ってもらう物なので、売れ残りはどうしてもある。 店主のつまんだひよこは、見るからに貧相で劣化したしていてぶっちゃけ見た目が悪く、売り物としては最悪に部類だった。 「まあ、別にいいか。礼なんて期待してねえから、ほらよ。」 あまりに真剣だったので少し負けて、一つのため息をついてから店主はひよこを手渡した。 ぴょんっと、小さな足を動かして、ひよこは少年の手に飛び乗る。 めずらしく着地までうまく行ったが、その様子は必死にしがみ付いていて少し不恰好だ。 「その代わり、可愛いがってやってくれよ。」 何度も餌をやっているので情がうつっていたのかもしれない。 店主はなんとかそう言って、別れることにした。 バチカルでの一匹目の別れがこんなのでも、いいかもしれない。と。 「ありがとう。今は手持ちがないから、これを置いていく。」 子供はふいに、右手に嵌めていたブレスレットを外して、それを店主に手渡した。 そして、ひよこを大事そうに抱えながら、昇降機の方へと向かっていったのだった。 「やれやれ、最初の報酬がちゃちなブレスレットか。」 落胆しながらも意外とずっしりとするブレスレットを、覗き込んでみる。 先ほどの子供髪の色のように真っ赤な紅い石が、真ん中に大きく填め込んであった。 その輝きがあまりにも見事なので、まさかな…と思いつつも、後で暇なときに宝石商に見てもらうかと、そのときは簡単に思っただけだった。 こうして、ファブレ公爵子息は、薄っすらと紅いひよこを手にして屋敷に戻ったのだった。 アトガキ 2007/12/04 back menu next |