「今日は随分と外がにぎやかだな。」 換気のために開けておいた窓から、賑やかな音楽が流れ込む。 式典などの厳かな雰囲気ではなく華やかな音ではあったが、明るく嬉々するような軽快だった。 「市街地では朝から豊穣祭が催されているようです。耳障りなようでしたら、部屋を移動しますか?」 「いや、別に構わない。」 その返事を聞いて、七歳にもなるのに相変わらず表情のわからない奴だ…と、ガイは思った。 しかし、本人の前では口には出さない。 目の前の相手は将来この国の王となる人物で、名をルーク・フォン・ファブレという。 名門中の名門、ファブレ公爵家の唯一のご子息だ。 ガイが世話係兼遊び相手としてこの屋敷にやってきてからしばらく経つが、彼の存在はなかなか掴めるようなものではなかった。 それでも、一つの目的のために現状を維持しているが、共感しようとは思わなかった。 「今日は帝王学の先生が火急の用で、暇乞いをとっているとのことでしたね。午後は、自習なさるのですか?」 「そうだな…」 ガイの問いかけに窓の外をちらりとみるが、それ以上は答えようとはしなかった。 「では、私は部屋にいますので何かありましたら、お申し付け下さい。失礼します。」 規定の言葉を述べて、頭を垂れるとガイは退室した。 深く付き合おうなどと思ったことは無いから、これが気楽だった。 「おや、ルーク様。どちらに?」 ファブレ公爵邸の門兵を任された白光騎士団の一人が、側を通り過ぎようとする公爵子息へと声をかける。 冷静に言葉は出しているが、これは珍しいことであった。 この頃の子供なら外に出かけるのを楽しみとし、門限を決めなければ夜遅くまで遊んでしまうほどなのに、彼は違った。 どこまでも生真面目で、忠告したわけでもないのに滅多に出かけないし、まれに出かけるときもきちんと言付けをするくらいであったから。 「少し、外の空気を吸ってくる。」 気落ちしたような声でそう言われたので、兵はそれ以上は言えず 「今日は市街地が混み合っておりますので、お気をつけ下さい。」 敬礼をして最小限の言葉に留めたのだった。 屋敷を出た瞬間から、随分と多くの老若男女と遭遇する。 横目に見える城も直接関係は無いが豊穣祭にちなんで、出入りが多くなる。 城内の観光など基本的に許してはいないのだが、開放的になるのを機会に訪れる人も少なくないからであった。 光の王都バチカルは遥か高くにそびえ立つようにあるので、王城という存在以上に神秘的にも見えた。 音機関で動く昇降機近くまで歩くと、下に市街地の様子が垣間見られる。 さすがに人の大きさは豆粒くらいではあるが、豊穣祭独特の飾りつけや活気付いた街の雰囲気は肌に伝わってくる。 不特定多数の人と触れる機会がないので、しばらく呆然とその様子を見ていた。 どんっ 不意に身体が押されて、横に足を出す事になる。 「ああ、坊や。すまないね。」 謝ってきたのは初老の女性で、杖をついていたがそれでもよろめいたらしい。 しゃべらないがこくりと頷く子供を見て女性は安心したが、後ろから続々とやってくる人ごみにのまれて流される。 ちょうど横にあった昇降機に皆、乗りたいらしい。 市街地の方へ降りるまともな手段はこれしかないから仕方がない。 巻き込まれて一緒に降りる事となった子供は、七歳の子供平均的な身体であるので、仕方なくもあった。 昇降機が完全に市街地に着くと、次々に人が降りる。 降りるつもりなどは特になかったのだが、このまま昇降機に残るのもはばかられたので降りた。 豊穣祭はその名の通り、秋に行われて収穫を祝うものである。 バチカルは食料の村エンゲーブほどではないが、農業も盛んであるし、王都なので季節の折にはイベントが行われるのが常であった。 主に野菜を飾ったり、市街地全体が市になったように収穫されたばかりの小麦や野菜の売買がなされている。 それに便乗して、食べ物や物品の露天も数多く開かれていた。 広場では豊穣祭でしか見られない踊りが舞われていて、一番人が集まっていた。 しかし、賑やかさを間近に感じることは少し無理であった。 潔癖な性格というわけではないが、何しろ人が多すぎるので酔いそうだ。 皆、笑みを浮かべて楽しそうにしていたが、うろうろして無邪気に混ざるようなことは出来なかった。 屋敷に帰ろう… そう思うしかなかった。 足を戻そうとすると、ふと一つの露天商が目に入った。 昇降機の降り口は市街地の外れにあるので、通りだけは激しいが人が留まるような場所ではない。 例外もなく、その露天商も人っ子一人客はいなかった。 『カラーひよこ』 パステルでも原色でもない印象的な色合いでカラフルにそう書かれた看板に惹かれて、店先に足を向けた。 アトガキ 2007/11/27 menu next |