「あ゛ち゛い゛〜」 それほど広くない部屋に響く、ルークの半分不機嫌な声。 濁音を含んだ叫びでもあるそれは、今のルークの心境をそのまま表現していた。 要するに、“暑い” それだけがルークの思考を占めているのであった。 しかし、暑い暑いといくら叫んでも、その暑さが軽減するわけでもないが、駄々を捏ねる様に言うくらいしか心の解消方法はなかった。 「一体、誰のせいでこうなったと思っている?」 同じく部屋にいるアッシュは暑さに騒ぐルークとは対照的に静かにしていたが、あまりに主張が高いので少し静めさせるために言葉を発した。 彼の音に僅かに含む怒気は本気ではないが、もしかしたらアッシュの方も暑いことに多少苛立っていたのかもしれない。 それを感知してルークは一瞬不味い…と感じて、明らかに慌てて言い訳を口にする。 「あ、あれは悪かったって、言ったじゃねーか。あーもー……早く、ガイ。音素式冷暖房譜業器、直してくんねーかなぁ。」 額ににじむ汗を拭いながら、ルークは部屋に設置されている壊れた音素式冷暖房譜業器を見上げた。 シェリダン最高峰の技術を用いて作られた音素式冷暖房譜業器は、かなり高価なものであったがファブレ公爵邸のクリムゾン・シュザンヌの寝室と、アッシュ・ルークの寝室には幸いなことに設置されることになった。 これがあるとないでは雲泥の差で涼しくて仕方がない。 外の暑さに嫌々していたルークはまるで引きこもりのように、部屋にいてずっと涼んでいた。 けれども、いくら高価といえど過度に使えば耐久性は落ちる。 ガイに言われた基準設定温度をはるかに下回る温度で使っていた音素式冷暖房譜業器は、あっさりと動かなくなくなってしまった。 だから、今の状態は自分が巻き起こしたことなのだとわかってはいる。 しかし暑いもんは暑いんだという気持ちもある。 願わくは、ガイが取り寄せている部品が早く届くことを祈るだけであった。 「自業自得だとわかっているなら、無駄に動かないことだな。余計に暑くなるぞ。」 風通しを良くした窓際に向かいながら、アッシュは少し非情に言った。 好んで着る黒い布地は日の光を良く吸収するから、太陽の下には曝さない様に配慮はしている。 アッシュはルークのように冷房浸りではなかったので、今の状態が騒ぎ立てるほど暑いというわけではないが、それでもやはりじんわりと汗をかいた。 「そうだ! 俺、いい事思い出した。」 暑さで頭が相当イカれたのか、ルークがいきなり閃いた。 いつもよりはりのある大きな声で主張すると、へばっていたベッドから立ち直った。 「いい事?」 不審気に、アッシュはその言葉を復唱する。 「アッシュも涼しくなりたいよな。ちょっと、待ってろよ。」 そう一方的に言い放って、ルークは瞬く間に駆けり出す。 アッシュに、うんともすんとも言う時間は与えてくれず、バタバタと部屋を後にしてしまった。 残されたアッシュは、動くなという人の忠告を全然聞かないルークにやれやれと思うばかりであった。 「お待たせ!これで、涼しくなるからな。」 いくばかの時間を置いて、出て行ったときのように騒がしく部屋に戻ってきたルークは自信満々にそう言った。 出て行く前と後では、たしかに明らな違う点が一つだけある。 「おまえが持っているのは、アイスクリームか?」 ルークが手に持つ二つのコーンに目にやり、目に見えるものの正体をアッシュはわかってはいたが一応聞いてみた。 アイスクリームを食べる=涼しくなる この安易過ぎる構図が思いつくとは、ある意味立派だ。 「アイス以外の何に見えんだよ。広場で売ってたのをダッシュで買って来たんだ。暑いからこそおいしいんだな、これ。」 ファブレ公爵邸から広場までは結構な距離があったので、正直ルークは疲れた。 でも疲れたからこそこうやって甘い物は余計においしく感じることが出来るのだ。 そんなルークの前向きさに、アッシュは少し眩暈がする。 まあ、そこがルークの良い所ではあるのだが。 「はい。アッシュの分。」 目の前に差し出されるバニラ味のアイスクリーム。 ちなみにルーク自身は、チョコレート味を食べている。 アッシュはこの味を食べたいと言ったわけではないから、これは完全にルークのチョイスである。 「…せっかくだから、もらうか。」 別にアイスクリームは嫌いではないし、アッシュ自身だってやっぱり暑くはあるし、ルークがわざわざ買ってきたのだから、無碍に断る理由もない。 アッシュは、差し出されたアイスクリームを手に受け取った。 じりじりと陽炎が立つぐらいの外に比べても、やはり室内は違った感じの暑さがやってきている。 そんな中で食べるアイスは、冷たさと共に格別な風味をかもし出している。 それが本当に幸せと感じているのだろう。 ルークは、「冷てぇー おいしー 」とか言いながら、とてもにこにこしながら食べていた。 「ちょっ…アッシュ、食べるの早い!俺、ちょっとしか食べてねえのに。」 幸せにひたってのんびり食べていたルークだったが、ふとアッシュの方のアイスを見てみるともう半分ぐらいが無くなっていた。 ほぼ同時期に食べ始めて自分はほとんど減ってないというのに、この違いは何だろう。 「おまえがとろとろと舐めているから、遅いだけだろう。」 人にはペースというものがあるからあまりとやかく言いたくはないのだが、マイペースなルークにそう言われて思わず言葉を返す。 ルークのアイスは、暑い光にあたったせいか、端っこが既に溶け気味であった。 アッシュの目から見ると、ルークは溶けるアイスを舐めているに過ぎなかった。 溶け気味のアイスが本当においしいのかどうかは人それぞれであるが、本来のおいしさを味わえていないのではないかとも思う。 「あー。アッシュは、かじって食べてるのか。」 もくもくと食べているアッシュを見て、やっと自分との違いに気がつく。 ルークは、アイスを舐めて食べている。 アッシュは、アイスをかじって食べている。 ただそれだけの筈なのだが、食べる時間はかなりの開きがあるようだった。 「アッシュは、舐めたりしないのか?俺は、舐める方が好きなんだけど。」 無理だと思うが駄目もとで、ルークはボソリと呟いてみた。 舐める方がゆっくりと冷たさとおいしさを堪能できるためルークは好んでいたから、アッシュにも勧めてみたかった。 それにぶっちゃけ、かじると冷たさが一気にキーンと来るので、お子様と言われてもルークには舐める方が合っていたのだ。 「………そうだな、舐めてやってもいい。」 手元のアイスにアッシュは視線を送り、なぜか少しだけ考えた。 そして、一拍の間をおいてから了承の意を示した。 アッシュがルークの安易な提案を呑むなんて、比較的珍しいことであった。 「ほら、これをかじって食べろ。」 続いてアッシュからもたらされた言葉は少し想定外。 アッシュがアイスを舐める筈なのに、どうしてかルークの目の前にアッシュの食べかけのアイスが出される。 これは、強要としか思えない様子だった。 「なんで、俺がかじるんだよ。」 ルークが先にかじって食べることが、アッシュが舐めて食べる条件なのだろうか? よくわからないので、一応不満の声を出しておいた。 「いいから、かじれ。」 余計に命令形に、今度は有無を言わさずにアッシュは言った。 「…わかったよ。」 アッシュの食べかけをかじるのは、ほんのり恥ずかしく頬が朱に染まる。 でも、バニラ味も食べてみたかったのが本心だ。 差し出されたアイスをルークは、はむっと口にした。 パニラの上品なほんのりとした甘さが伝わって、口内に一挙に冷たさが広がる。 舐めていたときとは違う、刺激の強い冷たさだった。 ちょっと頭が痛いくらいに響いて、同時に舌がしびれるようになってなかなか慣れない。 よし、自分は食べた。 今度はアッシュの番だろうなあと、ぼんやりルークはアッシュの方を見上げたのだが 次の瞬間にルークの唇に重ねられたのは、アッシュの唇だった。 びっくりしてルークは何か言おうとするが、その言葉を飲み込むようにアッシュはそのまま一気に唇を割り開いて、ルーク口内に侵入する。 そのまま、舐めとるように全てを犯していく。 甘い吐息までもを奪われるような錯覚に陥って、胸に苦しさが到来する。 冷たいアイスのせいで頭と舌がいつものように動かないルークは、アッシュのなすがままになった。 ぺろりっと最後に、口の端に残ったアイスを舐め取る。 散々かき回されてやっと離れたときは、ルークは不安定な息継ぎだったから酸欠気味で、口をだらんと開けたままになった。 「たまに舐めるのも、悪くないな。」 そんなルークの様子を目を細めながら見ながら、アッシュは呟いた。 ルークから見て、とても意地の悪い笑みを浮かべて。 「う゛〜〜 せっかく涼しくなったのに、また暑いじゃねーか!」 アイス冷たさなどとうの昔に過ぎ去ってしまい一気に熱くなったルークは、赤面しながら悔し紛れにそう叫んだ。 いつまでも熱る身体はなかなか冷めてはくれなかったので、ルークはしばらくへばっていたのだった。 アトガキ アイスを変換したら「愛す」と出てきましたよ。なんですか、このパソコン… 2006/07/05(再UP 2008/10/01) back menu next |