「ルーク」 また、呼ばれる。 最近ルークは、アッシュが自分の名を呼ぶだけで、だいたい何を言おうとしているか、わかってしまうようになっていた。 良い意味では以心伝心なのだろうが、それが全てそうではないのが悩みどころで。 「…俺、先に学校行くから!」 ここまで耐えた自分はむしろ偉いと思ったが、さりてまたいつものように言われた言葉にとうとうルークの我慢は限界を迎えたのだった。 言った側に当たるアッシュから見れば、何度か繰り返した言葉の一つに過ぎず、まさかそこまでルークが過剰反応するなんて思わなかったのだ。 だから、手負いの筈のルークの癇癪に間に合わず、みすみすアッシュはルークを玄関の外へ行かせてしまった。 軽快…とは全く言えない様子で、ルークは道に沿ってアスファルトの上をぎこちなく歩く。 はた目からはゆっくりだがそれでも、近頃のルークからすれば驚異的とも感じられるスピードで歩いている。 これを改めて後ろからでもアッシュが見たら、また小言よりやっかいな言葉がやってくるだろう。 ルーク・フォン・ファブレ、只今17歳の高校生……左足を骨折しております。 骨折と言ってもそんなに過大なものではない。 事件が起きた最初は、ちょっと捻ったかな?と思う程度だったが、段々と張れて痛くなり、内出血してるなと思って、これまたアッシュに引きずられるように病院に行かされたら、骨折だったのだ。 今までルークは骨折といえば、骨がボキッと完全に折れるという相当重症なイメージを持っていたが、あれは最悪なパターンの場合のみらしく、今回のように軽く骨にヒビが入っただけでも骨折と診断されるらしい。 ただ、骨の中には血管が通っており、骨折するとどうしても出血するから、そこが捻っただけのねんざとはまた違う厄介なところというわけだ。 「…やっぱり、マズかったかな。」 一旦、立ち止まった後に思わず出てしまう独り言は、周囲に誰もいなから発することができるもので、先ほどのアッシュの物言いに対する自身の反応に、ルークは少し後悔をしていた。 アッシュが特に何か言ったわけではなく、いつもどおりルークを心配しての言葉だったのだ。 心配して、心配して、つい…アッシュ自身もルークに対する言葉が多くなってしまったのはわかっていただろうが、それにしても何をしようしても危ないといちいち毎回言われるのは、さすがにどうだと思っていたのだ。 骨折と診断されて、もう1か月が経とうとしている。 最初過大にギブスなどとお付き合いしていたが、アッシュから散々大人しくしているようにと忠告を受けて仕方なくじっと日々を過ごし、何とかおさらば。 ルークが骨折した場所は、よく骨折しやすいと言われた左足小指の後ろの土ふまずの部分なので、レントゲンでも非常に見やすく、ある程度くっ付いたと時が来たとき太鼓判を貰った。 今は、患部に処方された薬用湿布を貼り、軽く動かせる程度にテーピングしているだけだ。 もう松葉杖もないので、ひょっくらちょっとぎこちなく歩ける。 さすがにまだ走ったりジャンプしたりという派手なアクションはできないが、順調に回復方向へ向かっていた。 これは、当初はアッシュの口うるさいと思っていた、色々な気遣いのおかげだろう。 ルーク一人では、もう平気かなと勝手に判断をしてしまい、むやみやたらに歩き回ってしまっていたかもしれない。 だからもちろん、感謝はしているのだが………たった一つ不満があるのだ。 それは、骨折してから、アッシュはまるでルークに触れなくなってしまった。 今までたまには、同じベッドに寝たりしてたのに 「寝がえりを打ったら危険だ」 と言って、それはなくなった。 「は?アッシュ、寝相悪くないじゃん。何でだよ…」 とか、色々とルークが言っても、さっぱり聞き入れてもらえなかった。 他にも諸々、そういった面が、突然見られるようになったのだ。 それなのにルークの普通にする動作…例えば食器を片づけたり、辞書を取りに行ったり、学食を買いに行ったり、を見事に遮り、ようするに過保護なのだ。 そろそろ、何でも自分でやらせてくれよ。という気持ちが一挙に押し寄せて、先ほどは無下にしてしまった。 本当ならば、いつも一緒に学校へ向かうのに、一人きり。 普通の高校生ならば友達の一人や二人一緒に行くだろうが、生憎あまりにもアッシュと一緒にいすぎたルークは、教室内ならばともかくこの場で連れ立って共に行くような人物がいなかった。 「はぁ…」 言ってしまったものを、ぐだぐだと悩んでいても仕方ない。 飛び出た言葉を取り戻すことなど、もはや無理なのだから。 もう歩き始めて随分と進んでしまった。 このペースだとぼやぼやしていると遅刻してしまう。 今さら戻るというタイミング的に心の準備も微妙だから、とりあえず先に学校に行こうと思い切り、必然的に左足を半分庇うように朝の太陽に向かいながら歩いた。 「あと一歩、出来れば奥に詰めて下さい!」 「駆け込み乗車は危険です。おやめ下さい!」 「こちらの乗車口はこれ以上乗り込めません。他へお回り下さい!」 若い駅員の必死な声が聞こえ、ホームから乗り込んだルークはそのまま反対側の扉まで詰め込まれた。 バンッとガラスに手をついて、何とか横へ寄り扉の隅に位置した。 ぐぇっと変な音が出そうになりつつも、こんにちは、すし詰め…という気配よろしく、身を縮める。 今、ルークはいわゆる朝の通勤ラッシュという奴にハマっているのだ。 通っている高校までのいつもの交通手段なのだが、骨折の治りきっていないルークにはこの状況は少々耐えるものであった。 いつもなら、アッシュと口喧嘩などせずにもう少し早い時間帯の人ごみが空いている電車に乗るので余計に辛い感じがする。 始業時間ギリギリの電車にはもう二度と乗らないとルークが心に誓うほどだった。 しかし本当に身動きが取れない、困る。 一応扉に寄りかかっているような状態なので、外の景色で息苦しさを紛らわせられることだけが唯一の幸いだろうか。 そうはいっても、車窓から見えるのはビルや住宅などありふれた光景ばかりではあったが。 ともかくこれから先、乗り込む人はいても降りる人はいないとわかっているので、高校前の駅につくまでじっと耐えようと思うしかなかった。 なんて、だるい… 揺れる電車はそんなルークの心情など気にすることもなく、どこまでも進むように無情に進む。 (ん…なんだ?) ようやく一駅越えて、また多少人が入ってきて、何とか扉が閉まり出発した時だったろうか。 どうも腰のあたりに違和感を覚えて、ルークは心の中で首をかしげた。 最初は、鞄か何かがぶつかっていたのかと思ったのだが、どうも位置的に何かが違う。 何か…意図的に誰かの手がルークの腰に触れていると、ようやく気がついたのだ。 意思をもったその手はゆっくりと撫でるように動いているように感じる。 これは絶対に気のせいではない。 (マジかよ!) 信じたくはないが確実におかしいので、それは確信になる。 これはいわゆる痴漢というやつか? 一瞬女性に間違えられたか?という予感もよぎったが、高校の制服…ズボンはいていて間違えられることはないだろうと、うなだれる。 自意識過剰なわけではないが、というかどんなに見目よくても男が痴漢にあうとかあり得ないとルークは思う。 この車両に、花の女性はいない。野郎ばかりだ。 隣が女性専用車両なので、むしろあっちに乗ってもらわないと雰囲気が悪くなるからであろう。 ということは相手も男で自分も男という最悪のパターンだった。 少し我慢すれば直ぐに離れるかも知れないとじっと成行きに任せることにしてみたら、相手は抵抗しないことに味をしめたのか、背中を伝っていた左手を伸ばして前に回り込ませてきた。 この狭い車内で手際がいいなとか、そんなこと思っている場合じゃない。 いつのまにやら、ルークのシャツの第三ボタンを簡単に外してしまったのだ。 (ちょっ、調子のってんじゃねーよ!) 季節は夏の暑い最中なのだ。 他の男子生徒と右に並んだように、ルークだって第二ボタンくらいまでは空けており、少しでもの涼しさを得ようとしている。 それを見計らったような行動に怒りがふつふつとわき出た。 薄手の夏服の象徴であるシャツの合間から入ってきた相手の手は、ルークの胸の上を狙ってくることになる。 女じゃないんだから胸なんて何もないんだし、大丈夫。大丈夫。とルークは自分に言い聞かせるように平常心を取ろうとした。 しかしルークの思惑を嘲け笑うように、しばらく胸全体を軽く撫でていた左手は、その象徴たる左の突起にわざと指をひっかける。 「ぁ…」 そのダイレクトな感覚に小さく声が漏れる。 (おい、いい加減にしろよ!) と、ルークは大声で叫びたかった。出来るならそうしたかった。 だが、ルークも男だ。 男としてのプライドがあるのだ。 痴漢にあってます!と、か弱い女子のように訴えることは出来なかった。 混みあいすぎて後ろなんて全く確認できる状況ではないが、もしこの車両にクラスメイト…いや同じ高校の生徒でも乗っていたらどうする? たちどころに、痴漢にあっていた情けない男というレッテルを張られてしまう。 そうなったら、高校二年生のルークの今後に至る学校生活はお終いだ。 それだけはなんとしても避けたかった。 だから、耐えるしかなかった… (それにしても、ホント……しつこい) 飽きないのかと思うくらい、その指は何度も何度もルークの左胸の突起を押しつぶした。 だんだん硬くなっていく様子を見えないからこそ感覚で楽しんでいるのだ。 本当に腹が立つ。 元気ならばその手を払い除けられるかもしれないが、抵抗したくとも骨折の完治しきっていない足のことを思うと、やはり無茶なことは出来なかった。 教科書が殆ど入っていないとはいえ、右手に持った薄い革鞄を落とすわけにもいかず、手の身動きも殆どできない状態だった。 「……ぁは」 弄ぶように胸をピンッと弾かれて、鼻にかかったような僅かに熱い息が漏れ出でる。 普段のルークならばここまで卑猥ではないだろうが、あいにく今日は溜まっているのだ。 これも骨折したせいだが、足をかばって最近抜いてないんだ。 だからといって見ず知らずの相手に翻弄されて感じてしまう自分の身体が恨めしい。 しかし久しぶりな性の感覚に、ルークの頭も段々と揺らいで行きそうになる。 虚ろな頭の中で反対側の扉が開く音がする。 アナウンスは全然聞こえなかったが、また駅に停車したようだった。 すし詰め状態な車両にまた一人か二人、無理やり乗り込んできたのだ。 摘ままれていたままの胸の突起がさらに扉側に、押し付けられる。 「んっ…」 乗り込むざわめきに紛れてしまったが、それでも自分以外の誰かが聞いてもおかしくないような音量で、ルークの声が小さく響く。 それを悟ったのか、後ろの男は一旦ルークから手を離すように、シャツから腕を抜いたのだ。 ルークは、ほっとした。 そうだ。痴漢している奴だって、バレたらヤバいのだ。 助かったと胸を撫で下ろしていた次の瞬間、信じられないことが起きた。 ぼんやりとしている間に、ルークの足のすき間から男の右膝が割り入って来たのだ。 この行動にバランスを少し崩すと空いている手で腰をしっかり捕まれた。 嫌なことにおかげで、左右に倒れるという最悪の事態だけは逃れられたが、根本的解決にはなっていない。 やはり横から前へと男の右手が伸びてきた。 意識せずとも先ほどの胸への刺激で緩く張りつめてきたルーク自身に、触れてくる結果となる。 「ふぁっ…」 ルークは空いていた右腕で、今度こそその手を退けようとしたが、それより先に出てきた声がマズい。 咄嗟に、右手で口元を押さえるのに必死になる。 直に触られているわけではない…制服の上からだというのに、みるみるうちにルークは過敏に反応してしまい、隙間から出る甘い声を噛み殺す。 ゆっくりと、ゆっくりと、ルークを責め立てるのだ。 最初は緩く触れるだけだったが、やがてルーク自身をなぞるように中指と人差し指での強い指先の感覚。 思い知らせるように、ズボンの上からでもわかる形を透かすように辿って行く。 今、自分の身体はこういう状態だと嫌でもわかってしまう。酷いものだ。 それでいてズボンの上からのじれったい感覚は、余計にルークの背中に身震いを与えるような少しの痺れる感覚なのだ。 その先を知っている身体はそれ以上の刺激を求めて仕方がない。 それに答えるがの如く、男の右手の動きは激しさを増していく。 ルーク自身を包み込むように触ったかと思いきや、わざと先端だけを集中して痛いくらいに擦り上げるのだ。 「ぃ…っう………」 痛いような気持ち良いよいような微妙な感覚に、ルークの頬が僅かに引きつる。 息詰まる喉の動きにまで感じでしまって…この答えは後者だろう。 もうこうなれば止める者は誰もいない。 先ほどの駅から新しく乗って来たらしい中年サラリーマン風情の会話する声も、次の駅の乗り換えを案内するアナウンスも、ただルークの声を隠すための要因となるだけだ。 やがて、列車は長いカーブを抜けて、大きな橋へと差し掛かる。 「あっ……んっ!」 安定しない橋の上では、無造作に車両は上下へとガタゴト揺れた。 乱雑な動きに合わせるように根本から握りあげられて、ルークは相当追い立てられた。 もう、この場が、列車内とか、見知らぬ相手に追い詰められているとか、そんなことはどうでも良かった。 あと少しで………という瞬間――― 無情にも、目の前の扉が開いた。 「え………あ?」 状況が理解できないルークは、呆然となったが、世界は回っている。 扉の前にいたルークを邪魔だなぁと思いつつも朝の通勤ラッシュということで、振り返りもせずに急いでいるサラリーマンや学生が次々と電車から降りたのだ。 ルークもその波に飲まれるように、そのままホームへと降りた。 そこは、いつの間にか自分がいつも下車している駅で、いつも通りに着いたのだった。 (ど、どうしよう………) イきたいのにイけなかった、そのままで身体が今でも震えて仕方なかった。 駅のトイレで抜いて行こうかどうかと悩み始めた時、バッとルークの左腕が捕まれたので、驚いてそちらを振り向く。 「ア、アッシュ!?」 驚くべき人物を見て、ルークはかなり大げさに声を出した。 何でアッシュがここに…というか、さっきの痴漢もしかして! 「トイレ寄ってたら遅刻するぞ。皆勤賞狙ってるんじゃなかったのか?」 嫌な笑みを浮かべながら、アッシュはいけしゃあしゃあとそう言った。 そうだ。 スポーツはまぁそこそこに出来るルークだが、勉強は多少イマイチで、だからせめて一つぐらいと思い、1年生の時から欠席はおろか、遅刻早退もしない皆勤賞を虎視眈々と狙っているのだ。 それが…こんなことで崩れるわけにはいかないと、はっと思いだす。 「その身体は…後で責任とってやる。」 耳元でぼそっと呟かれる。 わずかにアッシュの息が敏感になった耳にかかって、ぶるっとルークは打ち震えた。 絶対に確信犯だ! と、さっきの一連の行動を思い出して、ルークは顔が赤くなった。 しかし、今は言うことを聞くしかない。 そのままルークは、アッシュに引きずられるように学校へと向かったのだった。 アトガキ 痴漢列車は、ERO書くなら一度はやってみたかったテーマなので満足。 続きは丸わかりな展開ですが、ERO書き足りない分無駄に続きます。 2009/10/01 menu next |