やがてそれが オールドラントの死滅を招くことになる ND2019 キムラスカ・ランバルディアの陣営は ルグニカ平野を北上するだろう 軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は 玉座を最後の皇帝の血で汚し 高々と勝利の雄叫びをあげるだろう アッシュが満を持して戻ってきた世界は、予想をしていた理想の世界ではなかった。 タタル渓谷で彼を出迎えたのは、“ルーク”のかつての仲間たちではなく、自身が生まれた国の兵士たちだった。 約束も果たされないまま、王都バチカルに帰還したアッシュを迎えたのは、英雄と呼び称えるキムラスカ・ランバルディア王国の臣民と国民だった。 求められたのは英雄という冠だけ… 唯一、バチカル城に収まっていたナタリアと再会するアッシュは真実を知る。 打ち破ったと思いたかった預言は何一つ変わりなくあり続けていることを。 結局、一部の人たちの思いだけでは世界は覆せなかったのだ。 誰が流したのかは、わからない。 アブソーブゲートでフローリアンが詠んだ惑星預言が一般市民にまで流されると、あっさりと国全体の雰囲気が変わった。 その結果、出兵したキムラスカ軍に黙って防戦一方となるマルクト軍ではなく、戦争が戦いを呼ぶように繰り返される死の数々。 英雄の名を求められたアッシュも将軍の一人として戦場に引っ張り出された。 いや、わざと。 この戦争を良しとするものは、どう考えてもローレライ教団関係者に違いなかったから、しっぽを掴むには彼らの足取りの手がかりをもっていそうな、ジェイドやピオニーに話を聞かなければいけなかった。 それがどんな無理難題だとしても、今はそれを成すことしかできなかったのだ。 びちゃんっ 「やはり無理か…」 身を切らす最期の音を立てて消え行った命を申し訳なさそうに見て、アッシュは言った。 手にして遠くを見つめていた双眼鏡を下ろし、もう何度もした落胆に影を落とす。 譜術や譜業による方法は最初から諦めていた。 だから、キムラスカ軍でも優秀と飼育されていた伝書鳩にマルクト行きの手紙を託したが、鳩はマルクト軍営に入った途端にあっさりと射殺されてしまったのだ。 崩れた赤い羽根が無残に地上に落ちるのだけは確認することは出来たが無残だ。 やはり秘密裏にでも戦線という混乱に乗じて、アッシュ自身が単身マルクトに向かうしかなかった。 今は満月も陰る夏の夜。 十分な補給が済んだ兵士たちは宿営地の仮住まいのテントに首尾よく陣取っており、少数の見張り以外は就寝している時間帯だ。 動くなら今しかないと、アッシュは確信した。 必要最低限の身支度を済ませてアッシュは自身のテントを出て、僅かにあるルグニカ平野の森林を伝い、マルクトを目指そうとした。 「ん?」 この静かすぎる森で、声を出すことは目立つとわかっていたが、それでもアッシュがふいに疑問の声を上げたのは、見た物が異質すぎたから。 暗闇にふわりと光るおぼろげな球体。 どこかで見かけたことがある…いや、アッシュだからこそそれを肉眼で確認することができたのだろう。 その光は、第七音素が集まって出来ている物だと悟った。 しかしその反応は驚くほど小さく、気を抜けば今にも消え入りそうだった。 ローレライがいなくなったことで世界中の第七音素の総量は減りつつあるから、この光も無くなろうとしている第七音素の一つと思い当った。 今までは見過ごしていただろう。 このように忙しい時には気にしている場合でもない筈なのに、アッシュはそっとその光に手を触れた。 ぼうっと存在を示すように温かいが、終わりも近い。 アッシュは両手に力を集中させて、自身の体内に宿る第七音素をその光に分け与えた。 「っ…」 僅かに脳内に起こる貧血に一瞬顔をしかめたが、すぐに持ち直す。 アッシュは第七音素集合体であるローレライと同じ振動数を持つので、多少第七音素を分け与えたとしてもそれほど体内に影響が出るわけでもない。 たちまち光は、本来を取り戻したかのように大きくなる。 貰った第七音素を身に受けて元気になった光は、お礼を言うようにアッシュの周りを回り、そして名残惜しそうに音譜帯に向かっていった。 これは、アッシュの気まぐれに過ぎなかったから、何をもたらすとも思ってはいなかった。 「アッシュ様、こちらにいらっしゃいましたか。どうなされましたか?」 相当探し回ったのであろう、息を切らした兵士がアッシュの後ろにつけて言った。 先ほどの光が周囲を明るく照らしたことで、残念ながら居場所がばれてしまったようだ。 「いや、なんでもない。宿営地に戻るから先に行っていろ。」 「わかりました。」 今日はついていないようで、駄目だったようだ。 観念したアッシュはそう伝えて、兵士の姿が消え去ると自身はずるりと木の根に座り込んだ。 よく考えても一将軍である自身が、単身でマルクトまで行けるわけがないのかもしれない。 マルクトの前線の指揮権はアッシュと面識のない将軍で、ジェイドは遥か後方のグランコクマにてピオニー陛下の腹心として首都を強固に守っている。 こんなところで足止めを食らっていて、本当に話を聞くことができるのか。 そして首謀者を捕まえられるのかと、自問する。 いつの間にか満月を覆っていた雲が消え去り、光をアッシュに注ぐ。 呆けた頭でアッシュが空を見上げると、局地的にやってくる光が舞い降りた。 再び感じる温かさ。 先ほど見た光がまた現われたのだとわかった瞬間、光は人の形を成した。 「さっきは、助けてくれてありがとな。」 どこか懐かしい笑顔を携えて、姿を見せた彼はしゃべった。 何もかもが、ある人物に似すぎていて困惑するアッシュ。 蘇る記憶と共に、目の前の彼がルークと同じ面影をしていることに目を見張ったのだった。 死んだはずのルークは、やっぱり死んだままだった。 それでもアッシュはまた出会ってしまったのだ。 姿を現した彼は、ルークのことなど知らないと言った。 ただ恩返しに来ただけだといい、ずっとアッシュの後についていった。 よく考えれば、ローレライの化身であるのだから自分やルークに姿が似ているのは当たり前だったのかもしれない。 それでも姿も仕草もどれをとっても、アッシュには彼がルークにしか見えなかったのだ。 ちょうど戦争もこう着状態になり、宿営地も固まったままなのは幸いだった。 補給戦線が伸ばせないために宿営地近く苦しくもなった占領をしたエンゲーブに、結局ルークと名付けてしまった彼の身柄を預けるのはそれほど難しいものではなかった。 それでもルークはアッシュに会いたくて時々宿営地に来てしまうので、アッシュが合間を見てはエンゲーブに足を運ぶ日々が続いた。 戦争で他人なんか気にしている場合ではなかったので、そんな二人の気をとめるものはおらず、戦闘が始まらない間は、まるで普通に二人は生活することが出来た。 それは束の間に過ぎなかったが、幸せすぎたのだ。 変わったのは、エンゲーブにある男が現れた日。 極力気配を立てずにアッシュの背後に回り込む影は、素早い。 寸でのところで、アッシュは自身の首にかかろうとしていたその剣を止めた。 「随分な挨拶だな。」 不機嫌そうに返すアッシュの声が静かに響く。 「話は、俺が優位になってからしようと思ったんだけどな。まあ、いい。」 その男は一旦アッシュと交えていた剣を引きながら、そう言う。 しかし、未だ剣を引き抜いたままで冗談でもしまうような気配は見せない。 姿はあまり目立たないように紛れるためにキムラスカ軍の鎧を身にまとっていたので顔で識別するのは少々難しい。 だが、その剣筋はあきらかにシグムント流で、使い手は限られていることは知っているので、相手がガイだとアッシュは直ぐに気がついた。 「何の用だ?」 ガイが敵国であるマルクト帝国のガイラルディア伯爵として今収まっていることで、アッシュはやや警戒をしながら言う。 周囲の気配を一通り探るが、今のところ従者がいる様子は見られなかったが、それでも簡単に油断を出来るような相手ではない。 「用があるのはアッシュの方じゃないのか?ほらっ。」 ガイの手に握られて示されたのは、血塗られたどす黒い手紙。 それはアッシュが依然、伝書鳩に託したものだった。 足に付けていた筒自体に譜業がなされているので、安直に内容がわかるようにはなってはいなく、見る者が見ないとわからないようになっていたのだ。 これが今ガイの手元にあるということは、アッシュの意図がわかっているからだろう。 「それなら話は早いな。この戦争を裏で糸引いている者を、マルクト側はある程度わかっているんじゃないか?」 あの狡猾なジェイドやピオニーが、むざむざとキムラスカ側から戦争を受けているとはアッシュは微塵も思っていなかった。 ローレライ教団の事情やローレライのことを既に知っている彼らなら、必ず何かを掴んでいるだろうと踏んでいたのだ。 「そうだ。だからこそお前に会いにきた。奴らの目的は、お前でもあるからな。」 「なんだと?」 「首謀者は意志を継いだヴァンのレプリカだ。奴は死ぬ前に保険を作っておいたんだよ。そいつの目的は復讐だ。オリジナルであるヴァンを殺したお前をいぶりだして、捕まえるためのな。」 ケッと吐き捨てるように強くガイは言った。 オリジナルのヴァンを倒したのは、ルークを含めて自分たちでもあるのだから、別にアッシュが悪いと言っているわけではない。 吐き気がするのは、未だヴァンの残影を気取って戦争を操作しているということで、何度こんなバカげたことを繰り返すのかと嫌気がさす。 もちろんヴァンは預言通りの未来は望んでいない。 だが、利用できるものは利用するつもりだ。 預言で全部の人類が死に絶えた世界から、またローレライの化身であるアッシュの力を利用して、レプリカだけの世界を創造するつもりなのだ。 「とりあえず、忠告だけは伝えたからな。ヴァンの足取りはこっちも追っている。戦争に参加する、しないはお前の勝手だ。だが、責められたらマルクト軍は全力でキムラスカ軍を叩き潰す。それだけは忘れるな。」 ここまで来れたのもかつての経験で培ったことと、アッシュガ宿営地を離れていたからだ。 ガイとしても長居は出来ないし、急いでグランコクマに帰らなければいけない。 そう吐き捨てると、すぐさまエンゲーブから去ってしまった。 アッシュがおびき出されたのだとしたら、それを狙ってくるのは間違いなく戦場だろう。 理由はわかった。 もう戦争を止めるためにも、そして首謀者と接触するためにも、戦場にまた出るしかなかった。 「また、戦場に行くのか。いつになったら終わるんだ?」 再び戦線へと向かうことを告げられたルークは、さびしそうにアッシュに聞いた。 彼の背中を見送るのは初めてじゃない筈なのに、今回は酷く憂いを帯びていたから。 「これで最後にするつもりだ。」 そうだ、最後にしてやる。と、アッシュは自身に言い聞かせるようにはっきりと言った。 「やっぱり俺も連れて行ってくれ。邪魔はしないから。」 決意を固めたことがわかったルークは、アッシュにそう訴えかけた。 今まで何度もそう言ったが駄目で、でも最後なら許してくれるかと思ったのだ。 自分はか弱い少女の身というわけではなく、アッシュ並とは言えないが力もある。 出来るなら彼の近くで役に立ちたかった。 「駄目だ、危険すぎる。お前はここにいろ。」 たとえキムラスカが負けたとしても、エンゲーブなら元マルクト領だから普通に生活している分には危害が及ぶこともない。 万が一、アッシュと同じ顔をしているせいで、戦場でヴァンのレプリカたちに狙われたらと思うと、たとえ剣技が優れていてもルークを連れていくわけにはいかなかった。 囮は一人で十分なのだ。 「……………わかった。それなら、代わりにこれを持って行ってくれよ。」 たっぷり沈黙をした後、諦めたかのようにルークは手を差し出した。 「何だ、これは?」 「第七音素で出来た石だよ。ローレライの加護があるように俺が作ったんだ。お守り代わりだと思ってさ。」 気重にならないように、軽くルークはアッシュの右手にそれを置いて握りしめた。 掌にちょこんと乗る程度の小さい白く輝く石にはルークの想いが込められていることが示されている。 「わかった。ありがたく受け取っておく。」 こんなものをいつの間にか作っていたのかと、珍しく微笑んでアッシュは言った。 渡された石を落ちないようにしっかりと、胸元に入れる。 「じゃあ、気をつけて。」 「ああ。」 しかし、アッシュがこの地に戻ってくることはなく、その見送りしたのはずっと前となってしまった。 未だ彼は還ってくる気配すらない。 これで良かったのかもしれないとルークは、一人エンゲーブの片隅で思っていた。 彼に出会うだけで良かったはずなのに、これ以上何を望むというのか… わずかな間だったが、それだけでルークの世界は満たされたというのに。 愛されたいと願ってしまって、世界が変わってしまった。 自分はアッシュの側にいてはいけない者だと、忘れたのか? お守りにそっと込めた願いを知ることがありませんようにと、祈る。 出来るなら届けばいいと思った願いだから。 これが誰かが作り上げた舞台だとしたら、なんて酷いのだろうか。 何カ月にも及ぶ長い戦闘は、屍だけしか作らない。 アッシュが戦場を止めようとしても、絶え間なく襲いかかるマルクト軍を食い止めて今を生きるだけで精いっぱいだった。 かりそめの関係とは言え慕われていた部下にも軒並み死なれ、アッシュは戦場で孤立した。 「なぜだ…」 それほど前線に立っていたわけでもないのに突然、横から雪崩れるような奇襲を受けた。 進むこともできずに、目の前に現れるマルクト軍。 そこまではアッシュにも理解できたが、次の瞬間。 戻ることのできないように、後ろの方向からキムラスカ軍囲まれたとき、アッシュはこれが偽りだと知った。 甲冑は確かにマルクト・キムラスカ両軍のものだった。 しかし、動きと目的が明らかに違う。 これはレプリカを使用して作れられた軍か… かつてオリジナルであるヴァンがしたように、戦争を引き起こすためにわざと作った。 今度はアッシュを捉えて利用するために、それは仕向けられたのだ。 「どうせ言うことを聞くつもりなんてないだろう。ローレライの化身たる身体が残っていれば、生死は問わない。最悪の場合は完全同位体のレプリカを精製すれば事足りる。殺れ!」 どこからか響く司令官と思しき男の声は深く、紛れもなくヴァンで。 たった一人で舞台の中心に立つアッシュはレプリカ兵に取り囲まれて、身動きが容易にはとれなかった。 そして、鋭い殺気を感じて思わず後ろを振り向く。 ひゅんっ! 確実に狙いを定めて、遠くの小高い丘からこちらへと一直線に向かってくる一陣の矢があった。 自身の身を狙うその閃光に気がつくのがやっとで、アッシュは死の瞬間を覚悟した。 その時、胸に入れていた白い石がアッシュの目の前に飛び出る。 ルークがお守りとして渡してくれた、あの石が。 それは一瞬にして、ローレライの宝珠に移り変わり、そしてルークをここに呼びつけた。 トスンッ! アッシュの身代わりとして、矢を受けるルーク。 両手を拡げて彼を守ることを良しとしたのだ。 深く突き刺さる白銀の矢は、ルークの身体全てを貫く直前にやっと止まった。 最初は何とか頑張って立っていたのだが、そのまま矢を胸に抱いたまま、ルークはアッシュに持たれて落ちた。 「ルーク!!!」 受け止めたルークを必死に抱いて、アッシュは呼びかける。 何でこんなことになったんだ! 身体全体をきつく抱いているというのに、驚くほどルークは軽かった。 自分と大して変わらないはずなのに、段々と抜け落ちていく第七音素によって重さという概念がなくなりつつあったのだ。 ルークの身体は眩いほど煌めいたが、それは最後だからで、もうアッシュが第七音素を分け与えても再び輝きが戻ることはあり得なかった。 「くそっ!俺は、………俺は、お前にどうすればいいんだ!!」 もう本当に何も施すことがない。出来ない。 だからと言ってただ消えゆくのを待つだけなのかと、アッシュは叫ぶ。 「いいんだよ、アッシュが無事なら。俺、なんだか疲れたな。水持ってない? あとできたら、好きになって欲しかっ…た………」 末期の水を飲む前に、ルークはそっと瞳を閉じた。 満足そうに彼の腕の中で死に行ったのだ。 そして続くように身体も終わり、アゲハ蝶が飛び立つような光になって音譜帯に帰っていってしまった。 乱心したアッシュは後に続いてきたレプリカ兵たちを、鬼武者のようになぎ倒し続けた。 思考のない筈のレプリカが震えるぐらいの形相を伴いながら、ただ目の前の者を壊す。 その身がどれだけ血で塗られようとも構いはしない。 勝手に蘇って思い起こすのは、ルークと共に過ごした記憶ばかりだ。 ほんの数日の短い期間だったが、生まれてから初めてアッシュが得た安らぎでもあったのだ。 それがどれだけ大切だったのかわかっていたのに、失ってしまった。 もう戻れないのだ。 死した今のルークに重なるのは、否定をし続けていたあのレプリカルーク。 そう、またアッシュはルークを守ることもできなかったのだ。 全てが終わって戦場に呆然と立ちつくし、虚しさから目を閉じるアッシュ。 皮肉にも今日も、ルークと再び出会った満月の日だったのだ。 (記憶ないなんて嘘言って、ごめんな。ずっと昔から好きだったよ) 長くは続かないとわかっていたから言ったことを最期だからこそ、ルークが呟いたかのように思った。 その彼が居た場所に刺さっていたのは、預言を終わらせることのできるローレライの鍵だった。 アトガキ このお話は、古都コーテンベルグ(http://www3.plala.or.jp/kumasensei/) 童話少年様の「アゲハ計画」のパロディです。 原作の方が素晴らしすぎてお目汚しした形となり、申し訳ありません。 なにかありましたらこのお話は直ぐに削除しますのでご了承ください。 2008/08/16 menu |