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鏡 に う つ っ た 約 束  番 外 編 1.5












一つの心を二人で共有することは出来ないので
お互いに思い合うなどというのは、幻想なのかもしれない















エルドランドにて死に行ったアッシュは、もともと生きる筈がなかったのに、生き延びてしまった。



本当に存在しているのか、それはアッシュ自身にも確証できるものはない。
それでも、不安定なこの身体の所有者として表に立たされている時間は多い。
この時間こそが断罪なのだろうか。
ただ、時間という媒体だけが経過の一途を辿る様に。

今日もまた、アッシュは生を彷徨って行く。














絶え間なくゆっくりと流れる風に、比較的穏やかな木々の連なり。
太陽という日の光を浴びた昼間なら、さぞかし陽気な場所であるテオルの森。
昼間が終わった夜が特に深いわけでもない時間帯は、月が僅かに出てきた程度である。
細い枯れ木を集めた焚き火の横に腰掛けて、アッシュは思慮に徹していた。

パチパチと跳ねる音が耳を素通りし、くすぶる煙が僅かに鼻孔をつく。
慣れた手つきで火元に薪替わりの木をくべると、煙が天へと向かっていく。
それを見上げると、同時に昇り始めた満月が視野へと飛び込んでくる。
もう何度も見てきたことだというのに、数日前の満月の夜のことが頭を占める。

タタル渓谷にて、不覚にも姿を現してしまったことを。





あの日が、ルーク・フォン・ファブレの成人の儀の日だということは頭のどこかでわかっていた筈なのに

タタル渓谷付近にいたのはなぜか。
いつもより、“ルーク”が強かったのはなぜか。



身体に染み渡るように、大譜歌が聞こえた。
ローレライが惹かれたように、自分も惹かれたのだろうか。
今までに感じたことのないほど呆気に勝手に、アッシュの意識がルークへと切り替わった。
それでも、存在を消すように振る舞い、なんとかタタル渓谷では事なきを得た。

この存在は消し続けなければ、ならない。
隠れ住む生活をしていたとはいえ、随分とオールドラントの情勢はわかっている。
三国の多大な尽力により、目下のレプリカ問題も解消しつつあり、確実な一歩を踏み出している。
そんなときに、完全同位体による大爆発ビックバン現象が実際にあり得る事を表に出すわけにもいかない。

それに、貫こうとする意志の影響が弱くなり、以前は殆ど表に出ることの無かったルークに切り替わる感覚が短いことは、わかっていた。









「そろそろ、潮時か。」

月に向かっていた顔を落とし、アッシュは小さく悪態をつきながら呟いた。



自分は長くはもたない。
だんだんと、近い未来にそのときがやってくる。
だから、アッシュという存在が生きた痕跡を消す。

両の手を握り締めると、たしかにその感触だけは、ある。
だが、以前に比べると身体への限界を感じ、何もかもが鈍く感じる。
衰退する心と身体を伴って、いつまでこの状態を保つことが出来るのか確かなものは何もないが、着実に期限だけは迫っている。

そのきっかけはなんだったのかわからないが、直感的にふってくるものがあった。
自分が消えること感じ取り、やはり最初は戸惑ったし、違和も感じた。
たとえ短い期間でも、気づかないでのうのうと生きていた方がよかったのだろうか。
でもこれこそが、当然の成り行きなのである。
むしろ、こうやって生の世界に存在すること自体が、おかしなことなのであった。
死んだ存在であるから未練はなかったから、はじめからいない方がいいのに、なぜこんな時間を与えられたのかわからない。
これも決められた定められた神が与えた天罰なのだとすれば、甘んじて受け入れなければいけないのだろうか。



さっさと消えてしまえばいい…とも思うが、自害をするわけにもいかなかった。

この身体に宿る、もう一つの存在があるから。

あいつが生きている限り、この身体を殺すわけにはいかない。
譲り渡すためとか、そんな綺麗な理由からではない。
共倒れをしたら、正にヴァンの思惑通りになってしまう。
たとえ自分は死のうが、それだけは何としてでも阻止をする。








「ちっ…」

と、軽い舌打ちをする。
安易に眠ることはできないのに、頭が霞みかかって来た。
嫌な瞬間の到来である。
意識を強烈に持っていかれる頭痛と共に、集束に心が落ちていく。

いつまで、この力に抗うことが出来るのか。
霧にかかったら、終わり。



そして、それもいつかは終わる。

完全に流されて、死ぬその日まで。



自分が消えるまでの、早く死に行く日を待つ。








世界の為に、死んだわけじゃない
人は誰しも死ぬために、生まれてきた









だから

死ぬために、今を生きている












切り替わる瞬間に、流れ込んでいくもう一つの意識

遠のく意識の瞬間に、微かな温かみなぜか感じた。
嫌という感情だけではない、確かな何か。



「まさかな…」



誰の思いが、アッシュを生き伸ばしたのか。

分かり得るのは、今ではない。








果たせぬ約束があるから、その約束に縛られる。











思いの力は あらゆるものを凌駕する





























その瞳を開くと、はっきりした意識の覚醒が約束される。



ルークという自我の存在が、ここでやっと認められた。

ぼんやりとした意識を伴いつつも、まずはあたりの状況を確認するのは、いつものこと。
溢れるばかりの自然だけが、ルークの周囲を覆っている。
場所は変わっても、置かれている状態は全く同じである。
それはまるで、永遠の如く。

こうやってふっと意識が芽生えると、誰もいないのが当たり前だから、もう慣れるべきなのだろうか。
いつか、慣れたくないのに慣れは勝手にやってきて、絶望さえも与えてくれなくなるのかもしれない。
生きるすべは知っているように、身体が覚えているような気がなぜかする。
この身体がわからなくて、自分もわからなくなりそうで、気が狂う。





「また、夢じゃないんだな。」

全てが夢なのかとも思い、そう口に出してルークは確かめてみるが、確かに意識も身体の感覚もあり続ける。
たまに頭の中のどこかで見たことのあるような場所に居たり月の位置が違うから、年月が経過しているということだけはわかる。
しかし、時計も無いため、具体的な時の経過は一切わからなかった。
もう少し天文に詳しければ何か情報を得られたかもしれない、それは悔やみきってしまった。



見上げる月に願わくは断罪を。
そしてふと、随分と前なのか最近なのかもわからないが、タタル渓谷にて仲間と再会した記憶が蘇る。
でも、それさえも曖昧に感じて、もしかして幻想に揺られた果て無き夢だったのかもしれないも思う。
ルークの存在が許されるのは、この月夜だけだった。
夜だからこそ絶えずあり続ける目の前にくべられた焚き火の焔にゆられて、瞳も虚ろになる。

考えることは、考えられることは、ただ一つ。





アッシュがいない



一言目も二言目も、それだった。





理由はわかっているからこそ、悲しい。
少し死にたいとも思う。



アッシュが生きていないのに、どうして俺は生きているのだろう。
生きながられているのだろう。

酩酊の中だけには生きたくはないのに、息ができなくなっても朦朧と生きている。

それでも、じくじくするこの胸の痛みが、なぜかアッシュを近くに感じるような気がする。





「おかしいな。なんでアッシュがいるだなんて感じるのだろう。」

伏せる瞳と共に、呟く言葉。
求めすぎているから、感覚さえもくるってしまったのだろうか。



どうしようも出来ないのに生きなければならないのならば、この五感さえもいらない。











「雨?」

月がぶれるように、視界が曇る。
落ちる気と共に雲行きが怪しくなって、ポツリと水滴が服にかかる。
夜の雨が、しとしとと穏やかに降り注ぐ。
落ちる場所は、柔らかい土や木々であるからしてその音はとても静か。



背徳の霧雨なのに、それはとても気持ちがよかった。
自分の代わりに、空が泣いてくれているのだろうかと思い上がってしまうほどに。








いくら緩やかな雨とはいえ、野ざらしでいるわけにもいかなかった。
ルークはくすぶってきた火を完全に消し、雨宿りの場所を探すために立ち上がった。
全く人為的手が加えられていない土地というわけではないであろうが、街以外の場所では魔物は必ずといっていいほどいる。
護身のために剣を構え持った。

揺らめく刀身と足元に出来た水溜りに映る顔は、アッシュと同じ。
どれだけの月日が経っているのかは分からないが、髪が長いからこの身体はやはりアッシュのものなのだろうと思う。
けじめと短い髪に慣れているから、長い髪に少し抵抗はあるけど切りたくはない。
髪の長い自分が、アッシュを思い出させるからという、自己嫌悪。
この身体だけが、アッシュを彷彿とさせるものだから。
なるべくなら、泣きたくもない。
アッシュが見たら、「俺の体で泣くな。」と叱咤されそうだから。

痛い思いだけには囚われない様に、急いで雨を凌げる場所を探すために散策する。
魔物たちも雨から逃れようとしているのだろうか、ありがたいことに遭遇することはなかった。
身を寄せられるほどのスペースが見当たらないので、結構な距離をずんずんと歩いていくと



「もしかして、この場所…」

首を傾げながら、ルークは記憶を辿った。
どこか、見覚えのある特徴的な森。
散々迷った記憶が印象深く残っているので、よく覚えていたのかもしれない。
テオル森の、比較的北に位置する場所であることを思い出した。
出口は本当にもう直ぐであった。
テオル森を抜けてさらに北へ向かえば、マルクト帝国の首都グランコクマがある。
そこへ行けば、何とかこの状態を逸脱できるかもしれない。
少なくとも何も出来ない今の状況からの改善はある。





ズキンッと、また頭が痛む。

今日こそ、それに流されるわけにはいかなかった。
どうか、この自我がもってくれますようにと祈るように、ルークは足を進めた。











もう一度彼に会えるなら、掴めるなら、どんな代償でも支払おう。

たとえ、自分が死に行こうとも



自分の世界は、彼の為にあるのだから

彼がいることが、すべての前提にて成り立つ








だから

未来のために、今を生きている





















二人が再び

出会う、出会ってしまう

その日まで、永久に足掻き続ける










それは、生きているから


























アトガキ
とりあえず、番外編を一つ書いてみました。
ほぼ過去話みたいなものです。本編では、話的にアッシュの心情を書けるところが少なかったので補充出来て良かったです。そして、散々書いた筈のルークの心情をまだこれでもかというほど書いてしまうのは何でしょうかね。アッシュ←ルークなら、永遠に書けるんじゃないかと思う。
2006/06/17

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