副業      ル フ ラ ン     
  最幸の場所での、最不幸を













※ グロ表現含みますのでご注意下さい。

















その彼は、最愛の人物だった。

「アッシュ、オレ結婚することになったから。」
「……ああ、そうか。」
そう返答したアッシュの精神に変調がもたらされていることを、この時のルークは知る由もなかった。
ルークは本当に何も悪くはなかったのだろうか?
気付かないお前が悪い…とささやく男の声を耳にするまで、疑問に思わなかったことは罪の一つとなりえたのかもしれない。



今日は、お日様さえも祝福してくれているようなぐらい、抜ける快晴だった。
暑すぎず寒すぎず、余すことなくただこれから行われる式だけに皆の関心は傾き続けた。
輝ける王都バチカルは無数の花々に包まれる。
誰が言いだしたのかはわからない。
それでもこぞって集まる白い花を人々は集めて飾りつけ、あるいは手に持つ。
自分たちも祝福していると意図を示すように純白な二人を思い起こす白い花。
「本日は誠におめでとうございます」とこの日、主役と同じくらいたくさん言われるのは彼だろう。
一度は脆くも崩壊を招いた世界、オールドラントを救ったと目される片割れであるルーク・フォン・ファブレの婚礼の儀に際し、もう一人の片割れでありルークのオリジナルであるアッシュ・フォン・ファブレが口々に祝福の言葉をかけられるのは当たり前すぎた。
これほど素晴らしい日は他にはないという口振りをして、アッシュの姿を見れば皆にこやかに話しかけてくるのだ。
歴史深い壮大なるバチカル王城、その教会で厳かに式は行われる。
白亜の礼拝堂に参列者が詰め掛けるのはまだ少し早い時間帯に、アッシュは王城から教会裏手に通じる通路を歩いていた。
既に式へ参列する格好は整っており、その爵位に相応しい礼服に身は包まれており、細身の儀礼用の装飾が施された剣を腰に携える。
足取りと共に僅かに揺れるのは燃えるような深紅の髪で細いシルクのリボンで一つにまとめられていた。
アッシュは目的の部屋の前にたどり着くと数回ノックをする。
「どうぞ」
部屋の中から響くのは聞き慣れた声で、望んだ入室を果たす。
「あ、アッシュ格好いいな」
今日初めて姿を見ることになったルークは、素直に心の内にあった言葉を曝け出した。
「それはお前の方だろう」
白を基調に白銀の礼服はアッシュの軍服じみた礼服より余程神聖で今日という日の主役を表して物語る。
撫で付けたグラデーション掛かった明るい赤髪は短くまとめられて、普段とは違うルークの一面を見せる。
「えーアッシュは自分で髪でも何でも出来るけど、俺は着せ替え人形みたいに全部やってもらったんだよ」
苦笑しながらも小さく疲れたと呟く。
前にガイにも言われたような気がするが素材がいいとか…色々と言葉を並べられてあれよこれよと好き勝手された気がする。
王室御用達の仕立て屋やお針子達からすればそれが仕事なのだから仕方ないのかもしれないがルークからすると男の自分の格好を整えるのにこんなに時間がかかるとは思ってなかった。
そんなルークの疲れたという様子を見てアッシュはわずかに苦笑いした。
「…そういえば、彼女は?」
軽く視線だけで室内を見回してアッシュは訪ねた。
控え室はそれほど大勢が詰め寄れる仕様になってはいないし衣装室の大部屋は王城の一角に広く取られているため、この場にもう一人の主役である花嫁の姿が見えないのは一目瞭然であった。
「ああ。衣装合わせは終わったみたいだけどまだもう少し準備に時間がかかるみたいだって。終わったらここの部屋に来るとは聞いてるけど。」
自分もまだ霞み掛かる薄暗い時間帯に起きて準備してもらったというのに女性はもっと時間がかかるのかと、多少の目眩を感じる。
仕立て屋は大忙しらしく花婿の仕度が終わると、今度は足早に花嫁の仕度の応援へと向かってしまいルークは一人で取り残されたのだ。
「一人で待つのが退屈なら、まだ時間もあることだし誰か呼んでくるが、どうする?」
この控え室にはルーク一人きりであるが、先ほどまでアッシュがいた部屋にはファブレ家の面々が集まっているし、また別室にはかつて共にオールドラント中を旅した仲間達ももちろん勢揃いしていた。
「うーん…みんなとは昨日結構長く挨拶交わしたからとりあえず大丈夫かな。それに…」
「それに?」
少し照れた表情をしたルークを訝しんで、アッシュは言葉を反復させた。
「みんなたくさん、おめでとうって言ってくれるだろ?やっぱりちょっと気恥ずかしくて…でもアッシュはそういう性格じゃないからさ。」
みんなとだけ会うならいいが、他の人達も集まりすぎたらありがたいがちょっと大変だと思った。
誰もが義理や上辺というわけではないが、そういう人物がいることも事実だ。
その点、アッシュならば一番着飾ることのない仲だとルークは思っていた。
そう…疑うことなんて何一つある筈なくて、信じ込んでいたのだ。
「そうか…お前は俺をそう思うのか。」
「えっと、何か…式の準備とかが忙しくて、言うタイミングが今になったけどさ。今までずっと側に居てくれて…面倒見てくれてありがとな。これからはアッシュに頼りきりにならないで、俺は俺なりに頑張るからさ。」
こういう時ぐらいでなければ、言えない感謝の気持ちをルークは素直に言った。
本当にこんな言葉ぐらいでは全て伝えきれない程に良くして貰ったと思う。
アッシュが居てくれたからこそ、今の俺がここに居るって本当に思うから。
これからはもちろん側に居続けてもらうのは無理で、それは少し寂しい気もするのが本音の一部でもあるけど、いつまでも頼りきっているわけには行かないから離れるよ…と、アッシュにはそう見えた。
…お前は俺のことをわかっていない。
アッシュはそれを、一度たりともルークに言ったことはなかった。
おめでとうと言わない理由も、何もかもを。
何もしなかったからの結末を自分の手で、最期に望む。
ゆらりとルークの頭へと伸びるアッシュの手に、ルークは直ぐには気がつかない。
そして、そのままルークの視界が、本当の意味で開かれることは二度となかった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

次に視界が開けた時、ルークは違和感を寸分も覚えなかった。
だから、ちょっと意識が飛んでいただけなのだろうと、そう錯覚したのだ。
しかし、次の瞬間に世界は一転する。
ルークの足が、手が、頭が、そして口が勝手に動いているのだ。
それも、幾重にも繋がれたマリオネットが動くより自然に。
それなのに、"ルーク"と呼ばれる身体は自分の意志では、ぴくりとも動かない。
五感の全てを持って行かれたというのに、ルークの意識だけはこの状況下にただ置かれていた。
漠然と…まるで第三者視点で置き去りにされるように。
部屋自体は先ほどと何も変わりはない控室で、その場に一人きりで座って待っていた"ルーク"は、扉がノックされたので淀みなく開いた。
迎え入れる相手は、これから婚姻の儀を迎える自分の花嫁。
今、世界で一番幸せと言っても過言ではない華奢な身体にウェディングドレスに身を包んでいる。
そうして執り行われる式前のたわいもない会話。
それも全て"ルーク"が演出しているのに、ルークは止めることも耳をふさぐことも出来ない。
やがて、満面の笑みでこちらを見上げる花嫁の目の前に立った"ルーク"。
にっこりと作り笑いをしながら、自身の手を伸ばす。
その手の感触に、どこかルークは覚えがあった。
それは…意識を失う前に、誰かからもたらされた物にとても似ていて、なのに思考が考えることを許してくれない。
"ルーク"がゆっくりと伸ばした両の手が向かった先は、花嫁ではなく"ルーク"自身の首で。
自身では到底出来えぬ現実をあっさりと許してしまう
コキッっという音を、ルークは内側から感じた。
無駄のない肉をあっさりと通り越した指に繋がる白い手袋が、瞬く間に赤く染まる。
ルークが最期に見た物は、驚愕して震え見開いた花嫁の瞳。
そうして、"ルーク"の首を取り巻く皮膚は頭蓋骨の重さに耐え切れず千切れてしまう。
鮮血を真っ白な花嫁へ飛び散らしながら、足元にごろりと転がり落ちた"ルーク"の首は、見開かれたままの瞳がうつすものは何もないのに、花嫁から視線を外さないのだ。
もう、悲鳴さえも聞こえない。
頬を伝う暖かい液体も何もかもが自分のものなのだと、ルークは悟った。
それは、自身の髪色とは違うとても光のない赤を示していた。



翌日は、白いネクタイから黒いネクタイに。
結婚式が瞬く間に葬式に移り変わる。
祭壇へ敷き詰められた白い花は、結婚式にも使われたものだっただろうか?
誰もがその残酷な劇に、口を閉ざした。
身体は死んだ筈のルークなのに、まだどこかに心が残っていた。
次の瞬間は、脱け殻の自らの遺体を見下ろしている。
ルークは自分が一体、どうなっているのか理解が出来なくなっていた。
ただ、断片的に与えられる情報は著しく曖昧で、生きていないルークは自分ではない誰かの視界上に居座り続けていた。
それが…一体、誰なのか………ルークは大体の予想の中にいたが、確約がしたくなかった。
だって、だとしたら、この仕業は全て………仕組まれて…
どこか他人事に見える自分の広大な葬式が終わりを告げると、死した身体には用はないと言わんばかりに、ルークが宿るその身体は動いた。
黒く塗りつぶされた馬車へ乗り込み、どこかへ向かっている。
ほどなくして辿りついた白亜の屋敷は、ルークの見覚えのありすぎる場所だった。
それは動く身体の主も同じらしく、門兵は戸惑いながらも応対をしていた。
景色だけは、はっきり見えているのに、会話はまだおぼろげにしか聞き取れない。
淀みなく歩き続けると、やはりこの屋敷はルークも足早に通った、彼の住まう屋敷だと気がつく。

「まあ、アッシュ様…どうなされたのですか?」
まだ葬式が終わって間もない時間だと、同じく黒のメイド服を着た彼女の一番のお付きは記憶している。
それなのに、アッシュがわざわざここに来た理由が、ひとひらも思いつかなかったのだ。
「見舞いに来た。彼女の病状はどうだ?」
まるで何事もなかったかのように白い花束を持ち、アッシュは淀みなく答える。
「……ようやく落ち着きまして医者も帰られましたので、今はお眠りになられています。お腹の子のこともありますので、くれぐれも安静にと」
「…子?」
始めて聞いた動揺に、アッシュは内心に酷い衝撃を受けつつも低く聞きなおした。
「え…あの……ご存じなかったのですか?あ…そういえば、めでたいことだから結婚式でお話して驚かせるとかルーク様が言っていらしたような………」
アッシュ様ならば当然知っているであろうと思っていて、思わずメイドは口を滑らせた。
大切な宝物のような存在のことを―――
「いや、そうか……少し顔を見て行っていいか?」
「あ…はい。どうぞ」
そう言ってメイドは部屋へとアッシュを通した。



もはや身体もない筈のルークだったが、この時確かにアッシュの狂気をぞくりと感じ取った。
眠れ眠れ…俺の手で。
「ルークの身体はくれてやる…だが、心は渡せない。それがルーク本人であろうとな…」
深淵へ沈むように眠る彼女の横で、アッシュはただそう一言つぶやいた。
それを向けた先は、目の前に横たわる彼女ではなく、自分自身の中に居るルークへとだった。


















アトガキ
2010/09/01

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