「何の用だ?」 鉢合うこと六回目にて、とうとう先に痺れを切らしたのはアッシュの方だった。 狭い石畳の階段の上から声を投げたのだが、相手であるルークの方の反応は予想外で、きょとんとした表情を向けつつも、この事態に戸惑っているようだった。 「何の用…って言ったって、大体用があるのはアッシュの方じゃないのか?」 凄まれているのはルークにだってわかっていたが、事態の把握が出来ていない段階では、こちらとて何も答えることは出来ない。 自分たちはレムの搭で障気を中和した後、アルビオールのエンジントラブルに見まわれてシェリダンに修理に来ただけであった。 そこでルークが一人で物資の補給をしたり、時間を持て余してのんびり散歩をしたりとしている中、なぜか六回もアッシュと出会ってしまったのだった。 会うたびに会話もせずに直ぐに避けられては会い、避けられては会い、を繰り返していた。 「俺がてめえに用があるなら回線使って呼びつけるに決まってるだろ。」 今までもそうしてきたのだから、少しは学習しろと叫ぶ。 シェリダンは譜業を中心とした技工の街で、いたるところに機械がおかれている。 慣れていなければ迷路にも近い通路もあったりするので、確かにわかりにくい部分もあるかもしれないが、ルークの仲間たちには微塵も会いもしないのにどうして当人ばかりと何度もすれ違うのかと頭が痛い。 アッシュ自身もルークと鉢合ってしまうことが故意ではないと何となく気が付いてはいたが、あまりにも回数が多すぎる為、八つ当たりの一つでもしたくなる。 「あ、そうだよな。じゃあこれは偶然なのか。」 アッシュが自分を呼んでいるわけではなかったということにルークはちょっぴり悲しさを持っていた。 レムの搭で別れたばかりではあるが、普段は全くの音信不通でたまに必要なときに一方的に回線がつながれるだけで、ルークの意見なんて無視されているのが現状だ。 自分はストーカーしているつもりなどないが、それでも会ってしまうというなら必然と考えたくもあった。 「確かに偶然の一言で片付けるにしては、奇妙だな。おい、最近変わったことはなかったか?」 ふむっと、さすがのアッシュもこの事態をいぶかしむ心ぐらいはある。 「最近?………レムの搭で障気を中和したのはアッシュも知ってるよな。宝珠だってきちんと持ってるし。」 旅に出てからは目まぐるしく過ぎる毎日で、日記につけて一応日々は把握しているつもりではある。 本当の自分は記憶障害ではなかったのだから、医者に言われたようにもう日記をつけなくてもいいのかもしれないが、幼少からの習慣というものはなかなか消えないものだったし、日記をつけていることぐらいが自分の長所でもあったから続けている。 それにレムの搭で死にそうになってわかった。 レプリカが死ぬときは何も残さないから、せめて日記だけでも…自分が生きた証を残して置きたかった。 それを思い返しても、何かと色々と起き過ぎているような気もする。 とりあえずルークは、アッシュが一番気兼ねしているだろうと思われるローレライの宝珠をしまっている服から取り出した。 ぼうっと赤い光がルークの手の平で存在を示す。 「おい…宝珠ってのは、常に光ってるのか?」 アッシュがローレライの宝珠を肉眼で確認したのはレムの搭でルークの身体から音素乖離によって出てきたときのみであった。 あのときは非常事態でもあったからそこまで気が回らなかったのかもしれないが、それでもアッシュの記憶に残っている宝珠は自発的に光ったりはしていなかった。 それに対になっていると言われているローレライの剣も別に必要時以外は光らないのは所持しているアッシュが一番良く知っている。 「本当だ。光ってる…俺も初めて見た。もしかしてローレライの剣は光ったりしないのか?」 取り出したルーク自身も驚いて宝珠を見つめた。 「ローレライと会話するときは妙な共鳴音を立てたりはするが…」 そう言いながらアッシュは、横に刺しているローレライの剣を鞘から引き抜いた。 淀みなく現れるローレライの剣もまた、宝珠と同等の光を放っていた。 「…剣の方も光ってるみたいだけど。」 アッシュも驚いているので、思わずルークは突っ込みを入れたくなってしまった。 ついでに変な共鳴音も到来した。 とてつもなく不快とまではいかないが、それでも耳を刺す高音はあんまり聴こえてうれしいものではない。 「まさか、ローレライが呼んでいるのか?」 剣と宝珠が揃ったとき、初めて鍵という形になりローレライの力を借りることが出来る。 今は、ヴァンに奪われる危険から離してあるが、本当なら一つでいる物だ。 二つが近くにあるからこそ、ヴァンの体内に閉じ込められているローレライの声が再び聞けるかもしれないと、アッシュの頭は行き着く。 「ローレライの声?俺にはまだ聞こえないけど…」 一度聞いたローレライの声は直接頭の中に響いてきたもので、耳をすませばわかるようなものではないとはわかっていたが、ルークは注意深く音に気を寄せた。 一体、何が聴こえてくるのだろうかと思った、瞬間だった。 (………気づくのが遅せぇんだよ。おかげで会うのが散々遅れたじゃねーか) あまりのことにルークもアッシュも声が出なかった。 ルークが両手で持っている、ローレライの宝珠がきゃんきゃんわめいている様に聞こえるし見えるのも気のせいだろうか。 いや、間違いではない。 確かにその部分から声は聞こえたのだ。 中性的な音質はローレライに近いのか? それより、まずローレライにこんな口調をされたことはないと頭が混乱する。 (全くだ。何度も宝珠の場所を伝えたのに気が付かないなんて、鈍い所持者だな) 混乱が続いているというのに今度はアッシュが手にしているローレライの剣から声が聞こえた。 先ほどの宝珠から聞こえた声よりは幾分落ち着いた感じに聞こえたが、やはりローレライとは思えない。 「な、な、な、、、、宝珠と剣がしゃべってる!」 驚きで宝珠を落とさなかった自分は偉いとルークは思ったほどだ。 別に二つとも動いたりはしなかったが、確かに頭に声が響いたのだ。 (何、驚いてんだよ。ローレライだってしゃべるじゃねぇか) 呆れたように宝珠は言葉を続ける。 ローレライの宝珠も剣も元々第七音素で出来ており、集合体であるローレライがしゃべれるのだから自分たちだってしゃべれて当たり前だと主張した。 「それはそうかもしれないが…だったら何で今まで黙っていた?」 ようやく呆気に取られた事態に慣れてきたアッシュは質問をする。 ルークが宝珠をしたのはつい最近のことであるが、剣の方はヴァンを一度地殻に落とした際にアッシュはラジエイト ゲートでローレライから受け取っている。 あれから随分と時間は経っているが、このように声が聞こえてきたのは一度たりともなかった。 (俺たちは元々二つで一つだからな。離れている時は本来の力は出せない。宝珠が表層化に出てきたから、今こうやって意志を伝えられるようになったんだ) (そーそー俺、ずっと剣に会いたかったのに、コイツらと来たらすれ違ってばっかりでさぁ。前に一度ユリアに貸し出されたときはずっと一緒だったのに。今回はこんな奴らに預けるなんて、ローレライひでぇよ) 続けさまに剣と宝珠がしゃべる。 久しぶりに、世界を救うために力を貸してほしいとローレライに言われ、オールドラントにやってきたと思ったら、二つは分断され、しかも乖離現象に巻き込まれてしまった。 今まで静かに眠っていたのに突然離されて、不機嫌で仕方なかった。 「何でもいいが、どうしててめぇの口調はそんなに軽いんだ?」 なるほどとアッシュは一応納得はしたが、だからと言ってこの状況を暗に受け入れられるとはあまり思えなかった。 特に宝珠の方にだが、色々となめられているような気がする。 何かを思い出して少しイラっとするので、どうでもいい質問のようだがアッシュは問い詰めたくなった。 (ずっと深層下にいれば、所有者の影響も受ける。それに、お前たちにわかりやすいようにしゃべっているつもりだ) 宝珠の代わりに近くにいた剣がそう答えた。 剣の方はすぐ外層に出たが、宝珠の方は乖離現象のせいでずっとルークの中にいたから外的要因をもろに受けやすくなっていた。 元々、言葉が通じるような存在同士で話しているわけではないので、脳内でわかる単語に変換されていると言ってもおかしくない。 「じゃあ、もしかして…宝珠の方の口の悪さは、昔の俺ってことか。」 嫌な汗が流れつつもルークは言った。 どおりで、どこかで聞いたような口調だと思った。 今の自分の口調も別に良い類だとは思っていないが、一応昔に比べてたらセーブしているつもりなので、懐かしいのかもしれない。 ということは、剣の方もルークとまではいかないだろうが、いくらかアッシュの深層意識を示していると思われる。 「そうみたいだな。しかし、しゃべるっていうのは随分鬱陶しいな。」 他にも色々と頭を悩ますことでいっぱいなのに、また面倒なことがおきたと、改めてアッシュは思った。 自分はオリジナルだからレプリカに勝手に話しかけているが、逆に勝手に話しかけられたらウザいとよくわかった。 (だったら、早くローレライを解放してくれよ。俺も鍵の形に戻って音譜帯に戻りたいんだからさ。それに言っとくけど、俺たちだって近くにいるせいで、あんたらの感情とか流れ込んできてめちゃ鬱陶しいんだぜ。俺の所持者と来たら、いつもうじうじしてるしさ) 宝珠はめんどくせーのはこっちだと言わんばかりに訴えた。 今まで全く意志を伝えることができず、ただ所持者の言葉や感情を聞いてばかりだったのだ。 これでは文句の一つでも言いたくなる。 (こっちの所持者もそうだ。大体、レプリカのことが気になって仕方ないならもっと連絡を取り合えばいいのに、素直になる気配が全くない) 賛同するように剣の方も言葉を続ける。 「な………誰が、レプリカなんか、気にして…」 ものすごいことをさらりと言われて、アッシュは逆に言葉が続かない。 勝手にでたらめを言うな!折るぞ!!と、怒鳴りたいのにいつもの調子が出なかった。 (あ、俺の所持者も、いっつもオリジナルのことばっかり考えてるぜ) 「!!!」 悪気はないのだろうが、追いうちをかけるように宝珠もそう言ってしまう。 確かにその通りなんだが、まさか本人の前で言われるだなんて、驚きすぎて、ルークなんてあまりのことに言葉が出ない。 だが、少し混乱の始まっていたアッシュには、そこまでの言葉は耳に届いていなかった。 「帰る!こいつらがうるせぇから、てめえとは金輪際会わないからな!!」 やつあたりだとはわかっていたが、居た堪れなくなってアッシュはルーク相手にそう吐き捨てた。 二つが近くにいなければ声が聞こえないというなら、今はそう逃げるしか思いつかなかったのだ。 「ちょっ………アッシュ!」 止めるルークの静止を見事に振り切り、アッシュはシェリダンの奥に消えて行ってしまった。 残された宝珠と話された剣は、また何を思うのだろうか… また、言葉は届かない。 アトガキ 以前書いたソーディアンルークの派生話です。 あちらはシリアスでしたけど疲れるので、こちらはギャグで。 2008/09/19 menu |