「おまえは、これから死にに行くんだ。その先に、行くんじゃねえ!」 アッシュの力強い制止の言葉が響き渡るのは、エルドラントの一フロア。 たった今、二人は正々堂々の一騎打ちをし、勝ったのはレプリカであるルークの方であった。 ふいにアッシュが落としたローレライの剣を拾い上げて、ルークが決意を固めて伝えると、遮ってそう返された。 「アッシュってさ。時々、スコアラーみたいなこと言うよね。」 ふっと軽く笑ってルークは応えた。 何かを悟った清い目を向ける。 「そうだ。俺にはわかるんだよ。この先の未来を知っているから、言っているんだ!」 大爆発現象によって衰えた身体では動かすのが、もうやっとであった。 切羽詰まった声を出してアッシュは赤い髪を揺らしてから、ルークのか細い両手首を何とか掴んだ。 キリッと赤い痕が残るくらい強く。 そして、最愛の人物へと向けられる真実を伝える。 「今まで助けてくれてありがとう。たとえアッシュの言う通り、死ぬんだとしても俺は行かなくちゃいけない。」 そうだとしても自分の身以上に守るものが今のルークにはあった。 これから向かうヴァンとの戦い、そしてローレライの解放の結末は、覚悟はしている。 どれだけきな臭くとも、それが出来るのは、他ならぬローレライの化身であるである自分なのだ。 オリジナルのアッシュには違う道が残されている。 どの道、いつかは消える身体だ。 有効活用したいと馬鹿正直に言ったら怒るだろうから、声は留める。 「レムの塔で使った体内の第七音素が、ローレライの解放に耐えきれるわけがないだろう!考え直せ。」 「これはアクゼリュスを崩落させた俺の責任でもあるんだ。行かせてくれ。」 だから…と、心配するアッシュをばっと振り払って、ルークは次のフロアへと足をかけようとした。 「………またそれを選ぶんだな。ルーク。」 しめやかに落とされたアッシュの悲しい声。 ドンッ 音はとても小さかったが、一点に集約された超振動の反動音が一つ、静かに響く。 肉体を貫いた超振動の力が対面にあった白い扉へと痕を残したのだった。 「ど、うして…そこまで………」 なんとか振り向いたルークの背後には、両手を向けて超振動を操るアッシュが居た。 彼の放った超振動が、ルークの右太ももの外側を正確に貫いたのだった。 弱ったアッシュの身体では、卑怯でも後ろからの不意打ちをしなければ、ルークは止められない。 ドンッ よろめくルークに続いてもう一点…左の二の腕に赤い衝撃が走る。 悪意のない純朴な超振動だからこそ、痛みより先の疑問をルークは感じた。 何があっても、行かせない。と込められたのはわかったが、ここまで極端な行動にアッシュが出るとは思わなかったのだ。 「安心しろ。後遺症は残らないようにした。おまえはここで寝ていろ。」 右足と左腕をかばって、がくんっと膝が落ちるルークをアッシュは優しく抱き止めた。 刻まれた傷を慈しむように見下げる。 こんなことをして許されるとは思っていないが、どうしてもアッシュはルークを行かせるわけにはいかなかった。 このあとの最悪のシナリオを知っているから。 「待って、何をする気なんだ?」 傷を労わりながらも体制が良いようにとそっと壁の端に身体を置かれると、アッシュは颯爽とフロアを出て行こうとしていた。 ルーク一人を置いて行く先なんて、一つしか思いつかない。 「すべてが終わったら俺を殺しても構わない。じゃあな。」 捨て去るように最後の言葉を告げると、パタンッと扉を閉めた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 儀式のように行われる死刑執行は、脳裏に焼き付いて離れない。 無垢で純白な彼に相応しい真白い花を墓の周囲一帯に敷き詰めた。 彼の最期を彩る象徴となるのだから。 そうしてアッシュは、誰も入っていない墓を見下ろした。 誰にも侵害されないようにとひっそりと眠る場所に彼はいけたのだろうか。 身代わりのように作られた、ファブレ公爵邸のルークの墓の前、草むらの上に呆然と膝を落とす。 どうしてもルークを諦めきれない…過去も未来も変わらなかった。 「これが、あなたが望んだ結末ですか?」 墓前のアッシュに声をかけたのは、ジェイドであった。 ルークが居なくなって二年後のタタル渓谷にひとり現われたのはアッシュで、そのまま多くを語らずに、ファブレ公爵邸に帰って来た。 そしてアッシュを問い詰める形となる。 「…そんなわけないだろ。」 ゆっくりと立ち上がりなおしてから、答えるアッシュの声は驚くべきほど静かだった。 足と手を負傷させて止めても、結局ルークはあの場に来てしまった。 ローレライを解放して消えるのを大爆発現象によって、また目にする死という結末。 「やっぱりあなたはずっと前から、あの時ルークが死ぬと知っていたのですね。それで、この有様ですか。」 ジェイドはルークが死ぬのを知っていた。 しかし、アッシュは理論とかそういう以前に、明らかに知っていたように動く行動をしていたのだ。 未来を…ルークの死亡を予め知っていたとしか思えなかった。 薄々と感づいてはいて、よかれと思って放置しておいてやったが、結果は目の前に転がり落ちている。 「そうだ。俺は、またルークを死なせた。」 おまえにそれを言われるのは何度目だろうなと、顔を向ける。 結局また俺は何も出来なかった。 死ななければいいと思ってやったのに、不慮は必ず訪れるのだ。 「…1回や2回じゃないですね。こんなことの繰り返しを、一体何回しているんですか!」 そのアッシュの様子からようやく全てがわかった。 ジェイドは、何回も過去を繰り返すアッシュに問い詰めるように怒鳴った。 「まだ、たった13回目だ。俺がこの場面に立ち会うのは。」 ふっきれたようにアッシュは真実を語った。 そうだ。何度繰り返しても、再び墓の前に容赦なく引きずり出されるのだ。 他のことなら何でも回避出来るというのにルークが死に行くことだけは変わらない。 もっと極端な方法をとったこともあったから、いつか自分がルークを殺してしまうかもしれない。 昔のヴァンを殺そうとしたこともしたことさえあった。 しかし、どんな手段を用いて全ての要因を摘み取ってもローレライは止まらず、結局は同じ結末が訪れてしまう。 何年も歳月を経ているというのに、まるであの場面だけ何回も何回も繰り返すようだ。 「いい加減諦めなさい。こんな連鎖は…」 もう止めるんだと、ジェイドは手を構えて、譜術によってアッシュを狙った。 少なくともここで断ち切れば、これから先は途絶える。 ルークが死ぬという結末は変わらなくとも、繰り返しは終わるのだから。 「もう遅い。ここで終わって、そしてまた始まる。」 そう言った瞬間に、みるみるうちにアッシュの周りを包む淡い光が現れる。 一瞬気を取られてジェイドの詠唱が止まる。 これは幾度も目にしたことのある第七音素の結晶たちであった。 今度こそはうまくやると、言い残した言葉が聞こえたような気がした。 また模倣的な演技をするために、取り返えせない過去へと舞い戻って行った。 これより先の未来をアッシュが見ることは永遠にない。 ただ、繰り返され続ける過去。 アトガキ 2008/11/12 menu |