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  死ぬ死ぬ詐欺













今日は生きているか?と、アッシュは問いかける。
今日は生きているよ…と、ルークは返事を返す。

だから、二人は笑える−−−









どうして、自分はこのまま消えなかったのだろうか。
ローレライを解放して、その後のことを、ルークは何も考えていなかった。
レムの塔で何とか生きながらえて、それでも元から体内の第七音素が無くなりつつあったのだ。
そこで自分の年数にしては短い人生は、終わりだとずっと思っていた。
でも、そうは単純に思わない人物が、とても近くにいて、ほんの少しだけ猶予を与えられた。
ルークは、アッシュの第七音素を与えられて、生誕の地に居ることを許された。
それも、少しだけど。
着実に日々わかりゆく自らの身体の衰えがあり、気を抜いてしまえばいつ、ふっと身体が飛んでいくかわからない。
心の準備はできていた筈なのに、それでも求めるものがあったから。
その日が夜だったか昼だったかも、もうルークは覚えていない。覚えられない。
レプリカホドであるエルドラントの瓦礫の山から息を吹き返した時、その場はやはりアッシュとルークの二人きりであった。
「お前は、これからどうするんだ。」
アッシュも自分は大爆発現象で死ぬ存在だと思っていたので、生きていることに多少の戸惑いがあるようだった。
それでもレプリカであるルークの動向は気になったようで、声をかける。
「俺は…」
ルークの息は無意識に詰まる。
ああ、自分は死に行こうとした時、何を考えていた?何を望んだ?
悔い残したことは、確かにたくさんあったが、そんな諸々を凌駕するほどの、枯渇。
それを、彼を目の前にしたら、抑えきれなかった。

「…アッシュ、俺はもうすぐ死ぬよ。」
だから、笑ってそう言ってやった。
さあ、後悔してしまえ。そして、俺を決して忘れるな。
そう…何よりも深い呪いの言葉を、押し込めて。
レプリカであるルークが死んでしまうのは、生まれた時からオリジナルのアッシュのせいなのだから。

ルークが望んだことは
自分が死ぬまでの間、アッシュの側に居続けることであった。





毎日、毎日、毎日…ルークは自らの『死』という言葉を口癖のように言った。
「これは嘘じゃない。詐欺じゃないよ。」と。
また死ぬ死ぬ詐欺かと観念したように、アッシュは、ただ黙ってルークの望みを叶え続けた。
あえて、いいとも、わるいとも、言わない…
自分を騙すように優しくして、甘えるのも許すふりをしてやる。
オリジナルだからこそ、アッシュにもルークの身体の事はなんとなくだが、わかる。
そしてアッシュが知らないふりをしていることも、ルークは踏まえている。
だから、限りあるルークの我が侭に付き合うという、奇妙な関係が続くのだ。
それはルークが死ぬまでという期間が限定されての上に。

用意された場所は、人里離れた山の中。
俗事にも耳を傾けず、変わり者の男が住むと言われても気になることはない。
二人だけの生活に不便はあったが、かえってそれが良いとルークは思ったくらいだった。
もう、心も壊れているのだから。
淡々とした毎日にやることのできる選択肢は元から少なかったが、二人の共通点は剣術くらいで。
生きるためにひっそりと町へ降りるとはあるけど、それも必要最低限にとどまった。
「みんなのところに戻らなくていいのか?」
一度、珍しく見かねたアッシュは尋ねたことがあったが、ルークは笑いながら首を横に振るうのだ。
先の言葉が続くはずもない。
だから、その尋ねはもうしなくなった。
もしかしたらベルケンドなどでレプリカの研究が進み、ルークの命をか細く行きながらせることが出来たかも知れない。
しかし、もはやルークは生きるために、もがかないのだ。
アッシュも、生きる方法を考えろと叱咤はせず、ルークが生きた証を身に刻むのだ。
今日が始まることが嬉しいと思うほどの安らかな空気だけが流れる小さな小屋の中は、世界がここにしかないように錯覚するほどだった。









かれこれ、もう二年近くもこのやりとりが続いている。
そう時間的感覚に気がついたのは、夕食の際にルークが明るく言った一言があったからであった。
「明日、アッシュは誕生日だよな?」
そう言われて、アッシュは普段はあまり役に立たないカレンダーを見ることになる。
過去も未来も予定のない真っ白なカレンダーは日付だけを露わにするだけで、確かにルークの言う通り、明日は自分の誕生日だと気がついた。
「そう…だな。」
やや歯切れ悪くも、アッシュは言葉を出す。
やはり一つの思うところがあるから、素直な反応など出来る筈がない。
「二十歳だよな。おめでとう。」
心からそう願いルークは世辞を述べる。
「お前は…やはり自分の誕生日は知らないんだな。」
カタンッと、アッシュは魚を切っていたフォークを置きながら、言う。
ルークというレプリカ、この誕生日の価値は、制作者から見れば簡単に左右できるものである。
ただ、人間サイドもND2000にはミレニアムベビーなどという、俗っぽいものが流行ったらしいが。
ともかくレプリカの誕生日とかそういう概念は普通にはなかった筈で、会話に出たこともなかった。
「うん、そうだけど。」
気を使われてしまったなと、少しルークは言葉を濁す。
「だったら一緒に祝えばいいだろう。どうせ昔は、この日に祝っていたのだから。」
もはやアッシュは、レプリカであるルークに一度は居場所を奪われたことを恨んではいなかった。
だからこれは自然に出てきた言葉で、実際自分の誕生日など気にもしなかったのだから。
「そう、だな………」
今度もルークが言葉を濁して、言葉を落とす。
まだ殆ど口にしていないスープをすくい、少しだけスプーンに口をつける。
「…………大体、誕生日は明日だぞ。随分と早い言葉だな。」
横の壁に掛った時計に少しだけ目をやって、軽くアッシュは言った。
普通、おめでとう…は当日に言うもんだろうと、言葉を添えて。
「いいじゃん。一番に言いたかったんだよ。一応、成人の儀でもあるし、どこかで誰かが言ってるかもしれないだろ?」
「…まあ、そういうことにしておいてやる。」
成人の儀という実感なんてまるで湧かないが、久しくルークが外の世界のことを口にしたので、アッシュは納得してやるように内面を表した。

「ごちそうさま。」
いくつかにちぎったパンを残して、ルークは夕食の終わりを告げた。
「何だ。殆ど食べてないじゃないか?」
「アッシュはゆっくりしてていいよ。何だか今日は眠くてさ。」
そのままルークは、ガチャガチャと音を立てて食器を重ね、流し台へと持っていった。
後で洗いやすいようにと、水の張った大きな樽に汚れた食器を浮かべる。
その間も、何だか眠そうにしていて、瞼が重い。
「先に寝るか?」
振り返り、そんなルークの様子を見ていたアッシュは、問いかける。
「うん…ごめん………ごめんな。悪いけど、明日は朝、起こしてくれ。」
「わかった。必ず起こす。」
アッシュがそう言ったのを聞いて安心したルークは、そのままベッドへとなだれ込む。
余程、眠かったのであろう。
おぼつかない手つきで、シーツの中へ潜り込む。
そのまま、息もせずに、眠るのだ。眠る眠るどこまでも。
いつもどおりに、過ごせて死ねるなんて、なんて素晴らしいこと何だろう。
俺は、幸せ過ぎた。
生きるためだけの生活にピリオドが打たれる瞬間は、あまりに平凡だった。











朝、アッシュはいつもどおり、目覚める。
冷たい水で顔を洗って、毎日繰り返し続けた言葉をルークへと投げるのだ。

今日も生きているか?と、アッシュは自分に問い続ける。
今日は生きているよ…と、この身の中でルークは返事をする。
俺が死んだら、自由にするから…という言葉は嘘になり、囚われ自由にはならなかった。



「お前が死ぬまで一緒にいてやるよ」
死んでもアッシュをつなぎ止めるルークの存在により、暗黙の約束は果たされ続ける。
二人は今まで、全くわかりあえなかったのだ。
一緒になって、やっとわかったか?と言う。
彼はここで生きているのだから。







死ぬ死ぬ詐欺に、騙され続けてやろう。
それはアッシュが死ぬまで続く―――



















アトガキ
2009/10/27

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