些か平和すぎるようにも思える世界が築かれた。 自分たちが望んだ世界でもあるオールドラントに戻ってきたルークとアッシュは、かつての旅やすれ違いで失った時間を取り戻すかのようにバチカルで両親と暮らし始めた。 あの旅やダアトで過ごした時間があるからこそ、今の自分が居る事は紛れも無い事実ではあったが、本来生まれたこの屋敷での日々はこれからの二人に必要なことであった。 七歳でダアトに行ってしまったアッシュはきちんとした教育を受けていないので、国の貴族学校に通うかそれとも専用の家庭教師を雇うかと最初は言われていた。 しかしそれは周りの杞憂で、攫われたといえ勉学を怠るようなアッシュではなく、帝王学をはじめとして一通りの教育レベルは既にあった。 それに対してルークは少々事情が違う。 もともとレプリカとして生まれて現在の二十歳という年齢と実際に生きた年月に開きがあり、ましてアクゼリュスで死ぬ運命とされてきたのでわがまま放題で育ち、きちんとした教育が身についていなかったのだ。 見た目この年齢で他の貴族の子供たちと同じ学校に通うのは恥ずかしいという理由もあり、ルークは屋敷で家庭教師の下、勉強をすることになった。 そんなこんなで二人が共にいることは、同じ屋敷で住んでいてもそれほど多くはなく、しばらくは過ぎる事になったのだった。 今日のアッシュもいつもどおり自室で、王城の図書館で借りた本を片手に調べ物をしていた。 まだ正式に公務にはついていないのだが、そろそろそういった話も出てきているので、キムラスカの歴史を一通り復習しているのだった。 羊皮紙に羽ペンを滑らせて、必要な事を順序良く列記していく。 これが普段のアッシュなら滞りなく進められる動作であったのだが、バキンッと羽ペンを持つ右手に妙に力が入る。 中のインクが必要以上に漏れ出し、薄い羊皮紙に無様に鈍い染みを作った。 それを見てアッシュはペンを止めた。 ふと、一瞬気が紛れたのは考えることがあったから。 いや、昔ならこんなくだらない事に頭を悩ませるようなこともなかった。 平和すぎる世界に辟易しているわけではないが、ぬるま湯に浸るようにまどろむように心地よすぎたのだ。 だから、ルークを意識したことがあるかと聞かれれば、はいと言わざるを得ない。 甘えるなと口をすっぱくして言っているつもりだったのに、俺は甘い。 どこかで拾ってきた犬のようなルークが嫌にも目につく。 この関係をどうにかしたいとも思ってはいなかった。 しかし、一人で悶々としている自分が最近嫌であった。 熱に浮かさせるような暑い夜。 机上のランプ一つで分厚い辞書をひいていたアッシュが壁時計を見ると、日付を回っていることに気が付く。 切りの良いところまで終わらせて最後に透かしたしおりを挟むと、ようやくページを閉じる。 あと少しで終わるところだったが、時間も時間なので明日に持ち越すこととなった。 一つ簡単に伸びをしてから、さあベッドに入るかと思ったときに、それは来た。 コン コン コン 控えめながらも部屋の扉を叩く音が静かに響く。 こんな、通常ならば皆寝ている時間に一体誰だ?と、いぶかしみながらもアッシュはドアを開いた。 「アッシュ…ごめん。寝てた?」 半分だけ開いた扉の影から姿を隠すように現れたのはルークだった。 二年を経た後に二人で戻ってきたとき、バチカルの屋敷はなぜか部屋が二部屋となり隣同士に改築されていた。 これは母親であるシュザンヌが、無事に帰ってきて欲しいという願望を元に作ったらしく、そのまま二人はそれぞれの部屋に収まったのだった。 だからルークは、自分の部屋から薄着な寝巻きを着たまま、直接アッシュの部屋に来たようだった。 「いや。今から寝るところだが、何だ?」 気のせいかもしれないが、ほんのりとルークの息が荒く見えた。 大方この夜の暑さのせいだろう…ぐらいに思って、アッシュは直接的には口には出さないことにして、そのまま返答する。 「ちょっと相談があるんだけど、入ってもいい?」 いつもなら何でこんな時間なんだ。と断ったかもしれない。 しかし、なぜか今日のルークは同じ身長のはずなのに不思議に上目遣いで言ったため、アッシュは断る言葉を言えずに、そのまま部屋に通した。 室内には椅子が一つしかなかったので、ルークはまるで重い身体を引きずるようにふらふらと空いていた壁際の椅子にちょこんっと座った。 そして意を決して問いかける事にした。 「あのさ。アッシュはさ、身体が変に熱くなったりすることない?」 室内は未だ机上に取り付けられたランプ一つのみしか点いておらず、不自然に明るさが足りなかった。 アッシュは丁度部屋の電気を本格的に点けようとしていたのだが、ルークの想像もしていなかった質問を耳にして思わずピタッと身体が制止した。 「さあな………お前は、頭かそれとも胸でも痛いのか?」 体制はそのまま首だけ回して、アッシュは無難にそう聞いてみた。 まさか…と考えようとするだけでも頭が痛くなるようなことを思い立ったが、深く考えるのが嫌だった。 むしろ、そうだったらどれほど楽だっただろうかと、浅ましくも希望込みで。 「違うんだ。それが医者に言うのもなんか恥ずかしくてさ。旅をしていた時は忙しかったからあんまり考えてられなかったし、昔起きたときはベッドの中に閉じこもっていれば収まったんだけど。最近は頻度が多くて…」 そう言うと椅子の上で身を縮めながらも、もじもじと辛そうにこちらを見上げている。 静か過ぎる夜の室内に、痛いくらいのその視線がアッシュに突き刺さった。 ああ、これは多分アレだろう…ということで、ここでアッシュは心底頭が痛くなる。 確かに医者に見せるようなもんじゃないだろうな。とキッパリと言うべきだろうか一瞬混乱する。 というか、世話係していたガイは今まで一体何をしてやがったんだ。 いや、ガイにルークをどうこうされるのも正直癪だが、色々と乱雑になって思ってしまう。 大体、俺の時はどうだったと頭を巡らせるが、大分昔のことなので正直覚えていない。 ルークの生きた実質年数は十二年で、しかもローレライ解放後から戻ってくるまで二年の歳月を要している。 身体に心がついてこられない理由はわかるし、精神年齢は限りなくお子様だ。 レプリカだから多少成長が遅いのかもしれないとは思っていたが、今頃こんなことを尋ねられるとは想定さえていなかった。 「アッシュも突然こんなこと聞かれて困ったよな、ごめん。父上にでも聞いてくるよ。」 アッシュがいつまでも黙っているので居た堪れなくなって、ルークは早口でそう捲くし立ててから、立ち上がろうとする。 「ちょっと待て。」 中断の言葉を投げかけたアッシュは、そのままルークの腕を引っ張り、縫いとめるように元の椅子にまた座らせた。 まさか父上のところに行かせる訳にはいかない。 そんなことを思いもせずに、当の本人は何だか意味がわからなくて、きょとんとこっちを見上げている。 「明日、教えてやるから自分で、図書館で調べてみろ。今夜は俺が何とかしてやる。」 知識がないからって教え込むのはどうかと思ったし、何が悲しくてこんな面倒まで、しかもよりにもよって気になっている相手にとは思ったが、仕方が無かった。 そして、ルークは言われるがままに頷いた。 無防備に身体を晒すルークを、アッシュは目下にした。 この部屋に入る前からルークの身体の震えは止まらなかったようで、今も小刻みに身震いをしている。 アッシュは左手を後ろの壁に付けたまま、右手でゆっくりとルークの下腹部に触れた。 「…ぁ…」 軽く当たっただけなのに、浮かされたルークの身体は敏感に反応して、ぴくんと動いた。 それに戸惑いの色を見せている間に、アッシュは素早くルークの両足の間を右ひざで割り開いた。 不安定な体制になったルークの身体は椅子の背もたれに重心が掛かることになり、簡易な木の椅子はキシリと音を立てて揺れる。 僅かに衣擦れの音を立てながらもおもむろに、アッシュはルークのズボンに手をかけた。 窮屈そうに開放を待っているその場所は、本能で腰が勝手に浮いて、簡単に半分だけ脱がされてしまう。 「はっ………」 湿った熱がこもっているような無性な熱さが無くなって、ルークは吐息交じりの声を出す。 そこでようやく少しの余裕が出たが、次のアッシュの行動を見て驚いた。 慌てて、誰にも見せたことの無い場所に伸ばそうとしているアッシュの右手を止めるように、自分の左手を伸ばして手首を掴んだ。 「な、何するんだ?」 怖いという感情はなかったが、恥ずかしいような気がして心配を聞くことが精一杯だった。 アッシュは少し目を細めてから、あっさりと掴まれた手首からルークの左手を外した。 そうして取った左手と空いていた右手を一緒に掴んで、ルークの頭の上まで一気に持って行って抑え込むように壁に張り付けた。 決して痛いような動作ではなかったが、これで手も足も自由がきかなくなってしまい、あられもない全てを晒されているような体制になった。 「恥ずかしいなら、目をつぶっていろ。」 きまりの悪い顔をしていたルークだったが、短く言われたその言葉を真に受けて、素直に目をつぶった。 静寂に包まれた暗い空間で、逆に他の五感が鋭くなって恥ずかしさが増すことだとは思わなかった。 アッシュは、左手はそのままルークを繋ぎとめて、右手で器用に迫る。 布越しで既にじわりと滲んでいた下肢に、最初はあまり刺激を与えないように指一本でゆっくりと擦る。 酷く震えていたルーク自身は嫌々と逃げるわけでもなく、求めるようにもっと指に吸い付いてきた。 その直接的だがもどかしく慣れない刺激に、ルークには痛みとは違う痺れる感覚が訪れる。 身体の熱さが逆に増すようではあったが、何が起きているのかはわからないので、こそばゆくて仕方がなかった。 心ならずも、血が騒ぐように気が高ぶる。 しかし、頭の上でまとめられた両手のせいで身動きもとれずに、背筋を駆け巡る甘い電流から逃れることも出来ない。 「ふ、…ぁん……、ひ…ぁ………」 奥歯を噛んで声を耐えているつもりなのに、その声はただ漏れるばかりで口元がはにかむ。 ルークのその声に無意識に増長されて、アッシュはじっくり優しくしている余裕が無くなる。 触れたままの手で軽く握り締めるとそれだけで、じわじわと先走りの雫が幾度も無く溢れてくる。 動きを早めるとやがて衣擦れの音よりよっぽど卑猥な水音が、異様に静かな夜に響いた。 止め処もなく湧き出る雫が、払いきれなかったシャツに無意味に付着し、やがて椅子を伝い床へ滴る。 だが、そんな音はもうルークの思考には伝わらず、ただこの熱さから逃れるのに必死だった。 身体中が必要以上に、がくがくと震えていてもどかしい。 やがて、ルークの太ももがぴくんっと痙攣する様を見て、アッシュは濡れた右手でゆるりと触れた。 「あ、ぁぁ―――――!!!」 そんな些細な仕草にも感じてしまい、ルークの頭の中が真白に解ける。 程も無くアッシュの手の中を酷く汚して、くたっと、もたれこんだ。 ルークの意識が飛んだことを確認したアッシュは、ようやく手の拘束を外す。 掴んだ場所が赤くなっていることに少しの罪悪感を憶えながらも、ゆっくりと抱き上げて隣のベッドへと運びシーツにうずめる。 火照っていた顔がひき、ようやく息も落ち着いたようだった。 乱れた服をそれなりに整えるために、ルークの半分だけ落ちたズボンに、アッシュは右手をかけた。 手早く身なりを簡単に直した。 けれども全てが終わったというのに、その手がルークの肌から吸い付いて離れない。 慌ててアッシュは左手でそれを押し止めた。 先ほどは、やましい事をしたつもりはなかった。 大体俺たちは男同士で、どうにかしたいなんて気持ちは…無かったはずだ。 だが、今は……… すやすやと夢の中に潜り眠るルークを置いてアッシュは自室を出た。 悪い表現を使えば文字通り逃げたことになるのだろうか。 もちろんルークの部屋に行く事も心情的に出来なかったが、またあの部屋に戻る気なんて起こるはずもなく、中庭で朝まで頭を冷やしていた。 アトガキ 2008/07/21 menu |