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  十字架に手をかける













レプリカホドことエルドラントにて、オリジナルのルーク・フォン・ファブレ死亡。
二年後のタタル渓谷にて戻ってきたレプリカルークは、その身にローレライの鍵を与えられていた。









「全く…またここに来たのか。」
アッシュは、少し呆れた様子で自身のレプリカであるルークの姿を見てそう言った。
仕方ないと言う感じで光遍く空間ですっと身体を流すように、突っ立っているルークの元へと歩く。
一歩歩みを進めれば、駆け抜ける透き通るほど白い光を背面にすることになる。
ここは輝くようなローレライの鍵の中の世界であった。
継承を受けたローレライの鍵を持つ者にしかたどり着けない未知の場所。
「だから、あまり頻繁にここに来るなと言ったんだ。これで、わかっただろう?結末を…」
無言のルークに近寄ると、残酷にアッシュは告げた。
この場所にはルークでさえ意図して入り込むのは困難で、たまの夢の中で願って入れる程度であった。
それでもルークが来たいと何度でも祈ってしまうのは、ここにくればアッシュに会えるからであった。
何も知らなかった屋敷時代ならそんなことも考えなかったと思うが、アッシュと出会って全てが変って歳月が流れた今、ルークの周囲は瞬く間に移り変わった。
ローレライの鍵という剣と仲間という盾を得たが、失ったものも多い。
やすらぎを得たくとも、次期キムラスカ・ランバルディア王国の王位継承者として周囲に弱音を吐くわけにもいかなかった。
仲間はもちろんとして、父親は公爵に所属する身だし、母親は未だに病弱なため詳しい話をするわけにはいかない。
そんな中で、アッシュこそ唯一の心の置ける肉親であった。
何度も重ねる逢瀬の甘さに酔いしれるのは簡単なことであったから、それも終わりを告げる。
「やっぱり、アッシュはこれを知っていたんだな。
このまま放っておけば、オールドラントに再び障気が噴き出す。止めるには、地核に行って強い超振動を使わなくちゃいけない。」
ゆっくりと現状を語るルークだったが、本当は声が震えないようにするのが精一杯だった。
対して、想像していた通り、アッシュは動揺しなかった。
予めこうなることを知っていたのだ。
それが遠い未来なのか近い未来なのかという違いなのだろうが、かれこれ数年の時をここで過ごしてきたアッシュにとっては大したことはなかったのかもしれない。
「そう言われても、俺には何も出来ないと、前々から言っていた筈だ。」
一度、生を終えた自身は、現代に干渉してはいけないと思っていた。
だからアッシュに出来ることは、見守ることだけであった。
それだけが許された唯一のこと。
これからの歴史を作り上げていくのは、今を生きる人間が追う行うべきことなのだから。
「わかってるよ。でも…」
相談にのってもらえるわけでもないし、何もしてもらえないとわかっていても、ルークはアッシュに頻繁に会いに来てしまっていた。
おぼろげではなくはっきりと彼はここにいたから、最初は罪悪感からだった。
自分のせいでアッシュは死んでしまって、ローレライの鍵に閉じ込められ続けている。
なんとかしようにもどうにもならなかった。
結局ルーク自身もこの夢のような世界でしか会うことはできないのだから。
アッシュ自身も以前のように生きることを望んでいる様子は対して見られなかった。
それを随分とルークは怒ったものだけど、今となっては思い出とすまされる程度になってしまう。
そして、段々とアッシュはルークにとって特別すぎる存在となってしまっていった…
ただ、そこに隣に居てくれるだけで良かったのに、こんな結末を望むわけがない。
「ローレライの鍵がどうしてこの時までおまえに与えられていたのか、よく考えろ。
それに、別にオレはおまえを恨んでなんかいないさ。」
最期に、ふっとアッシュが笑ったような気がした。
そしてローレライの鍵を継承した者が唯一行先を決められると、言い聞かせるように伝えたのだ。
ルーク一人に罪を背負わせるつもりはなかったが、少しすまないとも思う。
たまたま期限が早いような遅いようなこの時にやってきてしまったのだ。

「………わかったよ。アッシュ…俺はおまえを消すよ。」
やはり抵抗するつもりはないんだな。彼は…
いっそ、叱咤されたほうがよっぽど気楽で、それをも許されないのだ。
実際のところ、言葉にするまで意を決する事なんて出来なかったかもしれない。
最後に泣いて無様な姿だけは見せないようにと、気丈にルークは声を発した。
告げを受けると、消え行くものの定めを受け入れるようにアッシュは寂しく頬を動かす。
「約束は果たさせなそうだ。悪かったな…」
焼きつく鮮烈なアッシュの言葉がルークの脳内にこだまする。
思えば、この言葉を受けた瞬間から、彼のことを決して忘れられない存在になったのだった。
言葉を受けると、ルークの見ていた世界が急速に後退していった。
もう一片たりともここに甘えに来ることを許さないと宣言されるように。
卓上の空間とは違うリアルな、もう叶わない甘い夢は覚めてしまうものなのだと現実を思い知る。
夢のまた夢の世界だったのだ。



「アッシュ!」
最後にルークが掴み取ろうと伸ばした左手。
その先に得られたものは、何もなかった。












闇を包むように発生する障気を再び押しとどめるには、第七音素を集約する力のあるローレライの鍵を地核に沈めることが絶対条件であった。
それは、永遠の楔となり続けるであろう。



静か過ぎる海のような水面。
ここに初めて足を運ぶ前までは暖かいような印象があったのに、実際は意外と寒々しい。
それは季節的問題をも上回ったので、まるでルークの心情を映し出すような場所であった。
降り立った場所は、オールドラントの中心部である地殻で数多くのセルパーティクルが辺りを漂っている。
以前のようにタルタロスを使い、この場に来たのだが今回沈むのはタルタロス自身ではない。
この場所をわざわざ選んだ理由は限りなく因縁薄い。
シンクが落ちて行った場所だから、もしかしたらがあるかもしれないと、ルークが思いこみたかったせいかもしれないが、望んだ場所が結局みつからなかったせいでもある。
音がない場所。
もうルークには、どんな音も耳には入らなかった。
ようやく決心がついて、腰に帯刀していたローレライの剣を引き抜き、続いて懐からローレライの宝珠を取り出す。
かしゃんっと宝珠を剣へとはめ込むと、本来の形であるローレライの鍵へとなりゆく。
ルークの手に握られている限りある物だ。
それを両手でぎゅっと握りしめた。
何度も何度も助けられた。力をもらった。
もう頼ることは出来ないのだ。
一番悲しいことは、ローレライの鍵が無くなったら二度とアッシュに会うことはできない。

ぶっきらぼうにたまに呼んでくれるあの声も。
同じようで全然違う顔も。
本当にたまにだけど見せてくれる優しさも。
全てを失うだけ。
躊躇うしかない理由があるのに、もうどうしようも出来ないのだ。





やがてルークはローレライの鍵を掲げる。
きつく握りしめた両手。
意を持って、超振動の力を加えて地核深くへと確かに落とす。

どこまでも深く落ちていくローレライの鍵は、本当にあっさりと姿が見えなくなる。
自らの手で沈めることが最期の…
今のルークに、こんなに儚く脆かったのかと思う余裕はない。
きらきら僅かに残った周囲の第七音素は、風に迷い込むように、地核へと吸い込まれていった。
消える最期の瞬間は何よりも美しく気高く輝いた。










「さようなら。本当に好きだったよ。」

彼を殺すのは二度目で…
過去形になんてしたくなかった。
そしてルークは、許されない言葉を最期限りに伝えたのだった。


















アトガキ
2009/01/14

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