生まれる前から、俺はファブレ家の後継者だった。 「誕生日おめでとう。」 朝、目覚めた俺を一番に祝福してくれたのは、ルークだった。 覚醒が完全に至ったちょうど良い時に、通った声を出してくれる。 「ありがとう、ルーク。俺もやっと10歳だな。」 歳に対しては似つかわしくないだろうという言葉を出すのは、10歳にしては同年代の子供たちに比べて色々とありすぎたのだからである。 10年という数字はファブレ家の後継者として生きた年数と同列になる。 さすがに幼少の明確な記憶などはないが、母親のお腹にいる時から自分はファブレ家の後継者として生まれてくることを望まれていた。 キムラスカ・ランバルディアの王族として続く血があるかぎり、それは約束以上の確約でもあった。 そう、父親であるアッシュ・フォン・ファブレは18歳という若さでエルドラントの地にて亡くなったから。 「本当に月日が経つのは早いよな。成長を間近に見れて俺も嬉しいよ。」 優しい笑みを浮かべながら本当に嬉しそうにルーク言ってくれる。 誕生日パーティーがある今日というの日の為か、いつにも増してとびきり上質の正装に身を包んだ姿は格好良かった。 「朝食を取って着替えが済んだら、会場まで馬車で向うから。」 胸の内ポケットから取り出したスケジュール帳を確認しながらそう言ってくれるルークは、父であるアッシュのレプリカであった人物だ。 今となってはレプリカの存在は当たり前すぎるが、初めてその存在が認識された10年前はレプリカは相当な迫害も受けていたらしい。 その中でも初めて本格的に精製されたレプリカであるルークは相当な苦労があったらしいが、その時の話は皆が濁すのであまり詳しくは聞いてない。 でも、それでも良かったのだ。 生まれた時から側に居てくれたのでルークは俺にとっては、父親代わりであり兄でもあるような親愛を持っていたから。 レプリカだから父親と同い年だと思われるが、初めて会った時から殆ど外見的変化がないので、忙しく仕事をしているのに不思議だといつも思う。 「わかった。じゃあ、準備する。」 俺は一度伸びをしてから、天蓋のついたベッドからぽんっと降りた。 ベッドの傍らにおいてあるローレライの剣に一度手をかける。 これはたった一人でエルドラントから戻ることになったルークから預かったものだった。 かつては父が使っていた…そして片割れであるローレライの宝珠はルーク自身が持っている。 俺が準備を始めたのを見ると、ルークは軽く一礼をしてから部屋を出る仕草をする。 そして俺がそっちを見ていないことをわずかに確認してから、歴代のファブレ家当主の肖像画が飾られているこの自室の、アッシュ・フォン・ファブレに一礼をしてからいつも去る。 子供ながらにそのことに気がついたのは随分と早かったと思う。 ありえ過ぎた空白の当主。 ここは自分が存在する前は、父の部屋になる筈だったのだから。 パーティーが控えているということで、今日の朝食は比較的軽めに取った。 食事を大食するということはなかろうが、次々に注がれる飲料物を考えると、このくらいが最適だろう。 この日のためにオートクチュールに頼んだ真っ白な正装に身を包んだ後、横へとついたルークの先導のもと、白い馬車に乗り込んだ。 手綱を握るのは堅牢な白光騎士団たちで、前と後には同じく馬車が護衛として控える。 扉を開けてくれた広い座席に座った俺の横には、きちんとルークが乗ってくれる。 いつもの光景のはずだった。 ほどなくして発進した馬車内で、ルークが明日以降のスケジュールを簡単に示した後、ずっと気になっていたことを俺は聞いた。 「今日の誕生日パーティーって、今までのに比べて随分と盛大だけど、何か特別なことでもあるの?」 誕生日パーティーは毎年行われていたが、今回に限っては準備段階からして随分と前から計画されていたようで、この日のためにと色々と予定が詰まっていた。 加えて今まで誕生日パーティーなんてファブレ家の屋敷で催されるものだったのに、今回ばかりはバチカル城の聖堂でやるという。 ファブレ家の後継者として名はあるが、祖父でもあり現当主であるクリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレとルークが実質的な実務をしていたので、今回のことも詳しくは聞いてなかったのだ。 「…あぁ。誕生日パーティーの後に、式典も予定されている。」 少しだけ視線を外してそう言ったルークの仕草を俺は見逃さなかった。 「もっと詳しく説明して。」 少しだけではあるが、強い口調でルークに何か言うのは子供の我が侭として使った昔以来、なかったことだ。 でも何かが…直感が深く聞くべきだと伝えたから、鋭く言った。 「………今回の式典で、父上はファブレ家の当主の座をお前に譲ることを正式に宣言するそうだ。つまり新しいファブレ家当主の就任式も兼ねている。」 言いにくそうにしたが、もう黙ってもいられないのでルークは滞りなく事実を言った。 本人には伝えていなかったが実は、生まれる前からファブレ家当主の継承が決まっていたとはいえ、まだ幼すぎてすべて継承することは出来なかった。 10歳になるまではと言われ、補佐をして支えていくということが、掟として刻まれたのだった。 「な、に…それ。俺、そんなこと聞いてない!」 でもこんなに突然なんて考えもしていなかったから酷く動揺し、同時に知らなかったのは自分だけかと今まではぐらかされていたことを思い知る。 「ごめんな。今まで黙ってて。」 馬車内ではあったが、ルークは頭を下げた。 騙していたつもりはないが、すればそう取られてもおかしくはない事柄だった。 「なんでそんな突然…おじい様の体調があまり良くないことは知ってたけど、なんで…なんで継ぐのがルークじゃなくて俺なの!?」 現当主にて、祖父に当たクリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ及びその妻であるシュザンヌは息子であるアッシュのあまりに悲痛な出来事の連続に嘆き苦しみ、早々に家督を譲りたいと言っているのは聞いたことがあった。 それに最近の平時では、領地であるベルケンドの別荘にて余生を過ごしている有様。 でも、彼らの息子ならルークもいるじゃないか。 最近ではレプリカに対する相続権も認められており、何よりルークは周囲に十分すぎるほど認められている。 オールドラントを救った英雄として、ローレライの意思を継ぐ者として。 俺は当然の方向しか考えていなかった。 「俺は結婚しない…いや出来ないから次の後継者が望めない。だから初めからファブレ家の家督は譲るつもりだったんだよ。」 そう、それを隠し通したままずっと側にいたとルークは告げる。 元々複雑ではあったが結局はアッシュが居なくなってしまって、ファブレ家の家督が自分に巡ってきたことにも原因があるらしいので、そこだけは複雑な気持ちを抱いていたから。 ただ、たった一人を思い続ける我が侭を両親は許してくれた。 「嫌だよ。俺はルークが当主になるからと思って今まで勉強も何もかも頑張ってきたんだ。ルークに認めて貰いたくて。」 今は守って貰うばかりだけど、大人になったらファブレ家当主になったルークを支えて、それが夢であり希望だった。 早くファブレ家の当主が望まれているのはわかっていたけど、キムラスカ・ランバルディアの血を受け継ぐ次世代の子供はもう自分しか残っていない。 「俺はもう充分にお前を認めている。だから…望んだんだ。」 この子が物心ついた時には、アッシュの子供がファブレ家の当主であり、ルークは幼い子供をサポートするようなポジションにいたのだ。 10年…よく持った方だ。 想像通り、アッシュの子供として期待以上に自律し成長したので、任せられると判断して今日にいたることとなった。 「…じゃあ、今後はもちろんルークが俺のサポートをしてくれるんだよね?」 ずっと守ってくれるものだと思っていたから、当たり前のように俺はそう言った。 もしかしたらこの時、少し声が震えていたかもしれない。 嫌な予感が頭を過ぎって離れないから、直ぐに結末を聞くのが怖かった。 「悪いけど、俺は式典が終わったらバチカルを離れることになっている。」 改めて申し訳なさそうにルークは言った。 やっと、このローレライの宝珠を渡す日が来た。 出来れば本来の彼に直接渡したかったが、それは一生叶わぬこと。 最愛のオリジナルを見殺しにして一人のこのこ帰って来て、何が英雄だと、どこからともなくと聞こえた。 ファブレ家の後継ぎとしての地位は、彼がいなくなった瞬間から、重くのしかかる。 さすがに父や母からはルークの気持ちを知っていたからそういう話はしなかったのだが、他の親せき筋からは是非という言葉を何人からも貰った。 ファブレ家当主として選定される材料となるのは本当に光栄なことだったが、それを安易に受けることは出来なかった。 「なんで…俺のことが嫌いなの?」 お家事情は自分も何となくわかっていたが、それでもルークに尋ねる。 口に出しては言わないけど知っていることがある。 ルークは、本当には俺に気を許しておらず、他のことでも色々と遠慮されている部分が多々あった。 それは全て、ある一人物絡みの… 「違う。お前は十分に立派になったから、もう俺なんかの手助けは必要ないだろ?今日の式典が終わったら、俺はバチカルの屋敷を出てダアトのローレライ教団へと行くことになってるんだ。お前にはもっと同年代の相応しい友達を側に仕えさせるから。」 10年という歳月は長いようで短かった。 キムラスカ・ランバルディア王家に連なるファブレ家当主いう過酷な立場を幼い身体でしっかりと担えるようになった。 ファブレ血族特有の赤毛というステータスがあったにせよ、並々ならぬ努力をなされていた。 補佐が必要なのはここまでだと、ルーク自身も思っていた。 そして次期当主の側にい続けることが出来ないのは、明確な後継ぎがいるのに鬱陶しい目のたんこぶである伯父にあたるようなルークが側にいては後々問題がおきるからであった。 幼いアッシュの子供を亡きものにして、ルークを当主になんて話は以前からありすぎて、それを避けるためにはバチカルをはじめとしてベルケンドなどキムラスカ・ランバルディアから離れることが一番だった。 アッシュとして生きたローレライ教団の盛りたては、次の希望でもあった。 だから、拒否をされるとわかっていてもルークは言葉を続けた。 「そんなの認めない。馬車を止めて!俺、式典には絶対出ないから!!」 もうバチカル城は目の前に迫っていたから、前方に向かって俺は静止を叫んだ。 ルークが自分の前から居なくなってしまうなんて、人生でも考えられないことだったのだ。 手綱を握る白光騎士団兵は驚いたようにでも、前を向いたままだった。 「それは駄目だ。」 そう叫ばれ、ルークにじたばたと暴れる手を先取りされそうになるが、掴まれそうになる瞬間に逃げる。 ルークの命令が聞いているので一向に止ろうとしない馬車だったが、運悪く他の馬車が横切って馬が鈍足になった隙に、白銀の扉に手をかける。 案の定、扉には外から鍵がかかっていたので、広く取られた窓を勢いよく開き、窓から身を屈めて外へとバッと出て行く。 身体が小さくて良かったと思うのは久しぶりだったが、そんなことを悠長に考えられる余裕はなかった。 「待つんだ!」 まさかこんな方法で逃げられるとは思ってもみなくて、ルークは兵に急いで扉の鍵を解除するように言い、駆けり出す。 飛び出たバチカル城前の広場は時間帯的に人通りが少なかったが、路地へと至ると見通しが悪い。 それでも見失わないように、急いで後を追う。 護身のために剣を教えているので基礎体力的な訓練は随分と受けていたが、さすがにルークのスピードに勝てるような段階までは至っていなかった。 まだギリギリ目視出来るところまでしか行かれなかったので、急いで追いついて空いていた左手を繋ぎ止めた。 ぐっと身をその場に留められる。 「何だよ、何がいけないんだ!俺が本当は女だから不満なんだろ!!」 どんなに振っても離れない手を恨めしく思いながら、俺は声を張り上げた。 仕方ないじゃないか。俺だって好きで女になんて生まれたくなかった。 歴代のファブレ公爵家の当主はすべて男性だった。 自分が、自分だけが…血を受け継いでいるからという消去法で、中途半端にこの座に君臨するのが歯がゆかった。 どんなに立派な衣服を纏っても隠しきれない細い肩が震えてしまう。 「男としてふるまうように教育したのは本当に悪かったと思ってるよ。でもだから当主に相応しくないという理由じゃない。俺が側から離れるのは、それが原因ではなく、ただの我が侭なんだ。」 次代当主が女性という事実は、確かにルークが一番気にしている点でもあった。 周りに隠しているというわけではないが、ファブレ家当主としては女性的一面より男性的一面の方が優先されていたことは事実だった。 だからこそそれを乗り越えて周りも認めて正式に就任することをルークは誇らしくさえ思っていた。 その隣は自分の場所ではないことは前々から決まっている。 「知ってるよ。やっぱり…父さんの側にしかいられないってことだろ。俺を…私自身を見てくれた?一度でも。こんなのなら父さんに似た容姿になんて生まれなきゃ良かった!」 若すぎた父親の面影が未だに残っていると口々に言われたことをずっと気にしていた。 こんなところで使うための護身術ではなかったが、くるっと手首を回して思い切りルークの腕を振りぬくと、再び逃げるために走り去る。 あまりの行動に足がもつれなかったのが不思議なぐらいだ。 無我夢中で、ここではない何処かへ行ければいいと思ったので、周りなんて全然見えなかった。 だからバチカル城の方へ自ら、走って行くなんて思ってもみなかったんだ。 「はぁ、はぁ、はぁ………」 全力で走ったからというだけではない息が漏れる。 キラリッと太陽とは違う異質な光が一瞬混じった。 元々狙っていた人物として、まさに正面玄関に出てしまう事態を引き起こす。 「危ない!」 その光に気が付いていたのはルークだけで、大急ぎで叫んだ。 距離的にも一瞬でも彼…彼女が躊躇していれれば、良かったのだ。 鈍い音をたてて白亜の大理石で作られた階段に身を伏せたが、次に気がついた時はルークに抱きしめられながら床に転がっていた。 通り抜ける音は、無数の譜銃の連弾だった。 入射角の甘い外れた兆弾が目の横を掠めて、あさっての方向へ消えていく。 狙撃は一度限りではなく、何度も的確に俺を狙った。 その弾全てを背中に受けたルークの身体は何度も反動で動いたが、決して俺を手放すようなことはしなかった。 じわりと真っ赤な鮮血が絶え間なく吹き出し、やがて二人の周りは黒い血の海と化す。 「…お怪我はありませんか!?」 そう言ってくれたのは、ルークではなくようやく追いついた白光騎士団兵だった。 ようやく自分もローレライの剣を抜き去り、応戦しようとするが何分距離が遠すぎた。 白光騎士団兵が二人を取り囲みながら、こちらも馬車に備え付けていた譜銃に持ち替えて狙撃犯を撃ち落とす。 ようやく狙撃は止まったが、俺はそんなことは頭にもう入らなかった。 「あ、あ、あ、…ルーク!ルーク!!ごめん。俺のせいで…こんな………」 身を起こして、血だまりに浮かぶルークの身体を起こすが、震えて力が入らない。 こんな馬鹿なことをしたのは初めてで、そしてかけがえのない大切な人を犠牲にしてしまった。 何をしても間に合わないという明白が辛く襲う。 「そ、んなこと……言わないでくれ。…お前が生まれたことで、俺はどれだけ救われたことか…」 肺の内部で止まった弾のせいで音がうまく出せないが、とぎれとぎれの言葉の中で、なんとかルークはそう言うことが出来た。 自分を責めるな。決して…これが必然なのだから。 もう自身が虫の息というのは、自分が一番よくわかっていた。 ルークの身体はもう動かせない段階にまで陥っていたが、それでも懐にしまってあったローレライの宝珠をなんとか取り出した。 既に指先は赤く染まっていたが、それでも血の海に落ちないようにと、それを目の前の少女に渡そうとすると左手に持ってたローレライの剣にカツンッと当たった。 目も耳も五感の全てがかすれてもう殆ど聞こえないのに、何かが聞こえる。 彼と同じ顔、同じ声で惑わされることはないと思っていたが、目の前の少女の姿が最愛の彼に重なった。 (ルーク―――) ああ、懐かしい。彼の声が最期に聞こえた気がした。 (今まで、面倒見させて悪かったな) 時に厳しく、ふいに優しさを見せてくれる彼の声だ。 違う。俺は最期にその言葉で救われたんだよ。 アッシュ… 約束通り、お前の子供を守ったよ。 もし、死に急いだら怒ってしまうだろうけど、やっとそっちに行ける。 彼がいない世界で、俺が唯一生きる理由をくれて、ありがとな。 アトガキ 2009/06/05 menu |