副業      ル フ ラ ン     
  観賞用ルーク













※ グロ表現含みますのでご注意下さい。

















「ハロウィンって何ですか?」
屋敷内の慌ただしい様子にのまれながらも、ふっと動きの止まった瞬間に、そう尋ねた。
「あら、あなた知らないの?」
質問で質問を返したのは、それほど面識のない相手だからだった。
いや、質問をしてきた彼女が何者であるかはわかる。
自分と同じく、ファブレ公爵邸に勤めているメイドの一人だと。
ただ、男の使用人を含め、この屋敷には何人もの人物が入れ替わり立ち替わり働いているので、誰がどういった事情を持っているかだなんて、それほど親しくもなければ立ち入ったりしていなかった。
「はい。私、先々月からこちらのお屋敷で働かせて頂き始めたばかりで、それまではカイツールの別のお屋敷にいましたので。」
そういう少女は、確かに新人のメイドっぽく見え、まだ十代の前半という若い印象を受ける顔立ちだった。
「カイツールね…確かにバチカルでもハロウィンを大々的に取り上げるようになったのは、ここ数年だから。知らないのも無理ないわ。たしか、預言が廃止された頃だったかしら?」
正確には何年ぐらい前だったかしらと、頭を捻って思い出す。
少しずつ少しずつ浸透していって、いつの間にかこんな大騒ぎになったような気もするが。
「皆さん、当たり前のように準備しているので、今さらハロウィンを知らないってなかなか聞きにくくて…」
少し気が滅入ったが、それでもさすがに当日に何も知らないのは不味いなと思って聞いてみた。
いったい、このイベントは何なのだろうと、やっていることからすると見当がつかなかった。
「私も簡単なことしか知らないけど…ハロウィンっていうのはね。
どこかの民族の1年の終りは毎年今日で、その日の夜は死者の霊が家族を訪ねたり、魔女とかお化けが便乗して出てくるって信じられていたみたい。だから、身を守るために仮装をして魔除けの飾りをしていたそうよ。」
曖昧な記憶を探りながらも答える。
そういえば、改めてきちんと人にハロウィンの説明なんてしたことなかったかもしれない。
何事も雰囲気にのまれて作り上げられてきたイベントに思えたから。
「そういうイベントなんですか。なんだか、意外です…」
自分の話の相手は目上のメイドだというのに、少女は自然にそんな言葉が出てしまった。
「意外?どうしてかしら。」
「そんな暗い背景があるのに、随分と明るく楽しい雰囲気がありますから。」
確かに屋敷の内外や城下町にまで至る飾り付けの数々は、ハロウィンの象徴である黒とオレンジ色で染められている。
それなのに、子供たちはこの日を待ちかねたように明るく望み、料理をする母親も楽しそうにしているのだ。
いつもはローレライ様を信仰する教会さえも、この日は違う意味での賑わいを見せる。
「イベントだから、みんな参加して楽しむものなのよ。それに屋敷でも、こうやって参加しているでしょ?」
メイドは少し手を中庭へと向けて屋敷の飾り付けを示した。
「そうなんです。それが一番驚いて…」
見渡す限りのかなり本格的すぎる飾り付けを、少女はキョロキョロと見渡した。
「国民の文化に理解を示すのが今の王族の方々らしいわ。
それに、実はあのアッシュ様も毎年参加なさるのよ。」
「まさか。アッシュ様がこんな俗っぽいものを………本当ですか?」
聞き間違いかと思って、少女は確認するように聞き返した。
先ほどのメイドも”あの”と、無駄に強調するのも無理もないこと人物だからそ。
アッシュ・フォン・ファブレは、ファブレ侯爵の嫡男で数年前にこのオールドラントを救ったと言われる英雄なのだが、真面目でお硬いという印象が強いからだ。
少女自身も、何度か目通りはしたことがあるが、気さくに話しかけられたことなど一度もないし、どこか近寄りがたい雰囲気を持ち主に見えた。
「あら、意外と俗っぽいから格好いいんじゃない。アッシュ様、ここ最近香水変えたわよね。側を通るだけでも、ときめくわ。」
少し夢見がちな口調でメイドは遠くを見つめた。
そりゃ、あの方は雲の上の方だとわかってはいるが、恋愛感情とはまた違う憧れを持つだけなら悪くない対象だった。
「そ、そうですね。確かにアッシュ様の仮装は想像できないです。」
少女自身は本心からはそうは思わなかったが、一応目上の先輩に合わせておいた。
「いえ、仮装とかはなさらないけど、ハロウィンということで自室の前の飾り付けはするのよ。結構本格的なんだから。」
昨年を思い出しながらメイドは言う。
「もう、アッシュ様の飾り付けは終わったのでしょうか?」
何が本格的なんだろうと…そこまで言われると気になって尋ねる。
「さっき部屋の前を通ったけどまだだったみたい。
そうだわ。今は、ご準備はなさっているでしょうから、何か必要なものがあるかどうか聞いて来てくれない?ここの掃除は私がやっておくから。」
まだ外は暗くなりきってないから城下町のお店も開いてるし、買う物があるなら買って来れるとメイドは検討をつけて言った。
少女が持っていた掃除用具を何気なく、手に持ってやる。
「わかりました。」
「夜になったら、もっと本格的にハロウィンって感じよ。初めてなら、楽しんでね。」
ぺこりとお辞儀する少女を見送りながら、最後にメイドはそう伝えた。





アッシュの私室は屋敷でも、奥まったところにあるのは、ファブレ夫妻の私室と並んで、重要な場所だからだ。
そこへ至るまではいくつかの廊下や中庭を抜けることになるのだが、やはりところどころにハロウィンの飾り付けが既に施されていた。
中の蝋燭に明かりが灯されるのを今か今かと待っている大きなジャックランタンが繁みにいくつも並べられているのはもちろんのこと、中庭では夜に向けて豪華な焚き火も轟々と唸る。
いつもは深く青々とある木々にも、白いシーツに穴を空けたゴーストを装った布や黒いつばのある三角の魔女の帽子や黒魔術の生贄となった麻の人形や白い毛糸を編み込んだクモの巣など、独自の飾り付けが成される。
飾りだけではなく一番顕著にハロウィンを示しているのは、料理であろう。
台所の横を通ったので、少女は少しだけ顔を覗き込んだ。
最初に飛び込んでくるのは、つぶつぶかぼちゃの冷たいスープ。
ジャックランタンのためにくり抜いたかぼちゃの中身は、今回の料理のところどころに使われている。
メインデッシュは鶏手羽肉とトマトの煮込みらしく、魔女の大窯のような大きな鍋でぐつぐつと煮だっている。
食前酒には、わざと紫色に着色したジュースで、何を入れたのかは料理に疎い少女にはわからなかった。
そして、テーブルの上に並んでいるのは、ハロウィンの主役とも言えるお菓子の数々だ。
キャンディーアップルとキャンディーコーンは甘く彩り、ここにもやはりかぼちゃのスコーンなどが見受けられる。
小型のチョコレートケーキは、墓石っぽく見せるデコレーションをしていた。
誰もが楽しいイベントが始まるために、夜は更けようとしている。



しかし、
みんなが笑っているからこそ、何かが怖い………
口には出さずにぞくりっと、少女はそう感じたのだ。











コン コン コン
そう三度のノックをしてから入るつもりだったのに、一度のノックの軽い反動で扉がゆっくりと開いてしまった。
どうやら扉が完全には閉まっていなかったらしく、驚く。

「失礼します。アッシュ様?」
少女は、半信半疑な声を出しながら尋ねるが、その瞬間に部屋の中からした匂いに一瞬顔をしかめる。
それは、かぐわしい筈の香水の匂いだとわかったのだが、随分と濃度が濃い。
一気に肺まで吸ってちょっと気持ちが悪くなってしまった。
残念ながら、アッシュは室内におらず、何か中途半端な扉の様子が残っている。
それにこの匂い…香水のビンでもどこかで割れたのかという、感じを受けた。
勝手に入室するのはどうかと思ったが、こんな匂いがアッシュの私室に染み込んでしまったらそれこそ色々問題な気がして、心の中で失礼しますと言ってから、少女は中へと入った。
それほど無駄な家具の置いていないアッシュの部屋は、ファブレ侯爵の嫡男にしては狭い部類に入る間取りだろう。
いくつかの棚とベッドがあり、奥には大きな窓が夕焼けの光を取り込んでいた。
まず換気をしなくてはと、背が高いところにある窓を何とか開けると、反動で大きく開いて外気を取り込む。
ようやくだが段々と、部屋の香水が薄れていく気がした。
あとは香水のビンはどこにあるのだろうと、見渡す限りでは乱れひとつない室内であったが、一番奥の戸棚の鍵が外れているのが見えた。
少し周囲の匂いを嗅ぐと、確かにそこから一番に香水の匂いがした。

「ここ、かしら?」
少女は戸棚をゆっくりと開くと、まず初めにやってきたのは、その強烈な毒々しい異臭だった。
そして、大きく開いた反動で転がり落ちる物体。
その正体を知った瞬間、少女はむせかえるほどの強烈な吐き気が込み上げ、右手で瞬間的に口元を塞いだ。
本当は声で叫びたかったのに、それをも上回るものが生理的に胃からやってきて、少女は先ほど開けた窓際に駆け寄る。
そのまま、昼食で食べた物全て吐き、終わった後にやってきたのは、嗚咽。



ガチャンッ
少女の後ろから、大きな物音がした。
換気のために開きっぱなしにしていた、この部屋の扉が閉まったのだ。
「何をしている?」
怒っているわけではなく感情のない音質で尋ねたのは、この部屋の持ち主だった。
床に転がる物が何だかわかっているだろうに、そのでも何事もなかったかのように、少女へと近づく。
振り向いた少女は、何かを言いたかった。
でも何を言えばよいかわからないのだ。
だから、ゆっくり近づいて来られようが、恐怖に膝ついて何も出来なかった。

ああ…最期に知ってしまったことがある。
アッシュ様自身は香水なんてつけていなかった。
日々強くなる香水はこの部屋の………








少女が落とした視線の先にあったものは、先ほど自身が落とした物。
それは、透明なガラスケースに入った、作り物ではない本物の人間の眼球だった。











「邪魔が入ったようだが、大丈夫か?遅くなって悪かったな。」
アッシュは、落ちたガラスケースを両の手で拾い上げて語りかける。
まじまじと覗きこむと、幸いガラスケースに自体にも損傷はなく安心する。
隠しきれないまとわりつく臭いは仕方ないが、特殊な薬漬けをした眼球はいつもどおり、あり続ける。
そのまま
アッシュは、ルークの左の眼球を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。

次に開いたままの戸棚から
アッシュは、ルークの右の眼球を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。
アッシュは、ルークの赤い髪を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。
アッシュは、ルークの左耳を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。
アッシュは、ルークの右耳を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。
アッシュは、ルークの鼻を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。
アッシュは、ルークの唇を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。
アッシュは、ルークの舌を取り出し、テーブルの上に丁寧に置いた。

次々とその作業は続けられ、大事に取り出した歯も一本一本綺麗に並べて、組み立てて。
最後に懐から常に持ち歩いている脳を取り出し、人間の顔のパーツがそろう。
ほらっ、ルークの顔の出来上がりだ。
それが終わると、アッシュは一番大きい頭蓋骨をしっかりと抱きしめる。



こんなにたくさん…ではない、これだけなのだ。











あの時…ローレライを解放した時、アッシュの肉体は奇跡的に蘇った。
これも予定調和だったのかもしれない。
目の前で消え居ようとしているルークを見て、大爆発現象で消えさせてたまるかと咄嗟にだが、完全には間に合わなかった。

身体は分解して持っていかれた。
全ては渡さないからこそ、この手元に残し、綺麗に削ぎ落としたルークを分割して持っている。
全ては手元に残らないこその手段。
切り落とした首―――






ハロウィンなんて、アッシュは信じていない。
それでも、死者がやってくるとの伝承を聞けば、一年に一度のこの夜だけでも、この方法でルークを待とう。

だから毎年、待っている。



















「あらっ、今年もやっぱりアッシュ様の部屋の前は、立派なハロウィンの飾りね。」
思わず独り言のように、メイドは呟く。
月明かりに照らされたのは、金色を余計に際立たせるおおぶりの十字架の彫られた豪華な金細工の椅子。
その椅子には、とびきり上等な黒の礼装を来たガイコツが座っていた。
これは毎年の事。

「それにしても、あの新人のメイドはどこに行ったのかしら。」
そう呟きながらもメイドは、中庭の隅に置いてある飾りを見つけた。
それは、壊れた人形が血糊に塗れた様子で、よりにもよって自分たちと同じメイド服が着せられていた。
確かに不気味ではあったがこの場にはみすぼらしく不釣り合いに見えて…汚いから後で片付けようと、そう短絡的に思った。



















アトガキ
アッシュがルークの首と生活する話を書きたかったので、とりあえず満足。
2009/10/30

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