マグネチック











世界で一番特別なキャパシティ・コア。飾りだけでは済まされない物体が、目の前に転がり落ちてきたような気がした。
「こ、これは…?」
不思議な、でもどこか馴染むような暖かい光を放っている。気が付くと持っていた赤い宝石の正体が一体何なのか、ルークにはわからないでいた。だって、本当はさっきレムの塔という墓標で力を使いはたして死ぬつもりだったのだから、こんないいことづくめがあるわけがないと思っていたのだ。
「…ローレライの宝珠だ。」
確信するようにアッシュはそう答えてやる。ようやくどんなに探しても宝珠が見つからなかった理由が合点した。ルークは宝珠をローレライから受け取っていたのに、気がつかなかっただけだったのだ。もし本当にルークが死んで体中の音素が分解したのならば、この場には宝珠のみが残っただろう。とにかく妙な結果ではあったが、目的の障気は消え、宝珠も見つかったことには変わりはない。
「お待ちになって! どこへ行きますの? 鍵はそろったのですわ。一緒に…」
素早く踵を返したアッシュを目ざとく見つけて、ナタリアは叫んだ。その声は確かに届いたが、皆が望む方向へは至らない。
「…一緒にいたら六神将に狙われる。ヴァンの居所を突き止めてローレライを解放する直前まで別行動を取る。」
ヴァン達が欲しているのは、ローレライの剣と宝珠の双方であった。どちらかが欠けてもローレライの解放を行うことはできないのだから、最悪でも片方は死守しなければならない。二人揃ってのこのこと居れば、危険は高いものであった。
「でも… アッシュ!」
再びアッシュの後ろから聞こえてきたのは、レプリカの声。さすがにナタリアの時とは違い、無視を決め込んでアッシュは下へと続くエレベータの方へすたすた歩いて行こうとした。

ヴュン!
目眩がするほど身体を持っていかれる第七音素がアッシュに加わる。進行を妨げる発生源が身についていたローレライの剣だと知り、力づくで引きあげた。
ドスンッ
「っ! 痛って…てて………」
その間抜けな声を出したのは、アッシュではなかった。さすがに奇妙に思い、後ろを振り向いてやると、無様に倒れていたのはルークであった。先ほどの物が落ちるような音と言い、声の主もルークだ。
「ルーク、どうしたんだ?」
みんながそう思ったことだが、いきなり変な体制で倒れるルークを見て、ガイは声をあげる。間違っても障害物などないし、転ぶような要因はなかったような気がするのに、やはり体内の第七音素を使ったことで、身体に支障が起きたのかと、感じた。
「わからないんだ。宝珠が突然…」
なんとか立ち上がって、ルークはそう言った。しっかり持っていた筈のローレライの宝珠が、いきなり動き出したような気がして、慌てて止めたら足がもつれて倒れてしまった。おかしいなあと思い直すように、ルークは宝珠を覗き込むように上に持ち上げてみた。最初のときより重さを感じたが無理やり引っ張ると…
ガンッ!
と、踏みしめる足音が今度はアッシュの方から聞こえた。ルークのほうを見て嫌そうな顔をしている。まさか…と、非常に困った結論が思いついてしまって、試しにルークはローレライの宝珠を地面に置いてみた。球体状となっている宝珠は、そのまま傾斜もないというのにコロコロとアッシュの方へと転がっていった。いや、アッシュの方というのは正しい表現ではない。正しくはアッシュの持つローレライの剣へ向かっていったのだ。
「もしかして、ローレライの剣と宝珠って引き離せないの?」
アニスの何気ない一言は、深く残った。



「俺に近づくんじゃねぇ!」
「しょーがないだろ。勝手に引っ付こうとするんだから!」
傍目からは低俗な争いに聞こえるが、アッシュとルークは少し真剣なつもりであった。だから少し、いやかなりだが大きな声が幾度か飛び交う。
「ちょっとあなたたち、宿くらいは静かにしてよね。」
紆余曲折あったものの、ようやくたどり着いたベルケンドの宿での廊下前。アッシュ含めた七人という人数でありつけるのは大変だったというのに、騒ぎを起こしてたたき出されたらたまったものではないと、ティアは言葉を出した。
「だって、ティア。アッシュが俺と同じ部屋は嫌だっていうんだぜ?」
なんとかしてくれと、ルークは訴える。
「なんで私があなたたちの仲介役をしなくちゃならないの?板でも何でもいいから、立てて我慢しなさい。」

バンッ
それだけ言うと、ティアは部屋の扉を締めて女性が寝ている三人部屋の鍵を固く閉ざした。ティアが怒るのも無理はない。現在の時刻は夜中の〇時へさしかかろうとしているのだから、睡眠の邪魔をすれば誰だって気分が悪くなるだろう。

「ちっ。」
さすがにそこまで言われるとアッシュも少し大人しくなって、舌打ち程度ですませる。仕方なく宛がわれた通りに、ルークとの相部屋に入っていった。
レムの搭で手に入れたローレライの宝珠だったが、とんでもない作用を持っていた。アッシュの持つローレライの剣と必要以上に離れると、勝手に近づいていくという作用をもっていたのだ。ジェイドが興味深そうに測定作業に入った時は、既に呆れたものだ。具体的には百メートルほど離れると、見事にアウト。持ち主同士が、まるで磁石のように引き寄せられてしまうのだ。だからと言って剣と宝珠を、どちらか一方が一緒に持つことは危険だった。まだヴァンには宝珠を持っていると知られていない。しかし、全てをルークに任せるとなると不安となると、やはり当初のとおりに二人がそれぞれを持って守ることになる。今までずっとルークの体内にあったものだが、表面化したことで何らかの作用が働いたらしいが、まだよくわからないので明日ベルケンド研究所で調べることになっている。だが、調べてもあまり根本的な解決にはならなそうだ。ということは、ローレライを解放するまで、ずっとルークと一緒にいなければならないなんて…
これからのことを考えるとアッシュは頭が痛かった。



「アッシュ。出かける時は一声かけてくれよな。勝手に宿を出て行って、俺を引きずるなよー」
シャワー室からのん気にかかるルークの声が、なんでこんなに嬉しそうなのか、アッシュにはわかる筈もなかった。








2008/12/28 冬コミ無料配布本8169より

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