俺たちは別に仲が悪いというわけじゃないけど、みんなが親密に集まって何か話し込んでいる姿なんて始めて見たんだ。だからルークは普通に 「何、話してるんだ?」 と、ティア・ジェイド・アニス・ガイ・ナタリアにいっぺんに話しかけた形となった。 「わっ!」 それは、大なり小なり皆を驚かせるには十分な言葉であった。ルーク本人はその気などなかろうとはわかっていたが、話の内容が内容だったために慌てて、誰かが口からそんな言葉を漏らすほどだった。 「ル、ルークどうしたの? ミュウと釣りに行くって言ってなかったかしら。」 明らかに不自然に明後日の方向を見ながら、ティアは話をそらしてみる。ちなみに本来のこちらは他のメンバーで野営準備中であった。食事やら水汲みやらテント張りやら各分担を決めた結果、今日のルークの担当は近場の川辺で釣り。水場はかなり遠い場所にあるのでゆっくり話し合いが出来ると思っていたのに、予想以上の早い帰りに驚いたものだ。 「…あぁ。ちょっと忘れ物したから途中で戻って来たんだけど、俺がいたら不味かったみたいだな…」 ルークも昔みたいに空気が読めないほど馬鹿ではない。自分に聞かれては困るような話をしていたようだったのがわかって、少し寂しい気持ちになりながらもそう言った。 「違うんだ、ルーク。決して除け者にしようとしたわけじゃなくてな…」 手を妙にぶんぶんと振りながら、力強くガイがそう訴えるが、肝心なことまでは言わず、曖昧に言葉を濁す。 「だったら、何を話してたんだよ…」 そうやってむきになって否定されると、別に追及なんてするつもりはなかったのに、逆に気になってきた。疎外感を覚える事は昔もう体験したので、トラウマとなりつつも、気がいく要因なのだ。 「えっと、ですわねー………」 と、長く言葉を続けるナタリアだったが、目は泳いでいた。 「いやぁ、ルークの誕生日をどうするかって話していたんですよ。」 「大佐!」 「うわっ、あっさり言ったよこの人。」 ティアの叫びに続いて、アニスはじとっとジェイドに目を向けながら、呆れた。隠そうとして可愛く頑張ったというのに、あっさり泡になってしまう。一応ルークをびっくりさせるためのサプライズだったのに、この瞬間に台無しになってしまった。 「皆さんが言いにくそうでしたので、背中を押させてもらいました。」 ジェイドはしれっと悪気はないことを示す。 「あ、そうなんだ。ありがとう…そういえば、今日は俺の誕生日だったよな。でも…」 最初、そこまで言われて目を丸くしたルークは、本当に心遣いはありがたいと思ったが、後に残るものがある。この日を忘れていたわけではなかったが、忙しくもあり忘れていた。ローレライデーカン・レム・43の日という日は、毎年盛大に祝られて来た。勝手に周りが祝ってくれて、それが当たり前だと思っていた。たくさんのプレゼント、祝いの暖かい言葉…それ自体が偽りであったわけではないけど、その日はルークの本当の誕生日ではないのだ。いや、ルーク・フォン・ファブレの誕生日ではあるのだが、レプリカである自分の誕生日なんて…誕生日がないルークをみんなもわかっていて、少し工面しようとしたのだろうという雰囲気を読み取る。 「ルークは本当の自分の誕生日覚えていないんだよな?」 一応ガイは駄目もとで尋ねてみる。アッシュの生まれた日が自動的に誕生日だと思い込んでいたので屋敷にいたときは、改めて聞いた事もなかったのだ。 「うん、全然。」 赤子同然だったので、覚えているわけはなかったのだ。気が付くとバチカルの屋敷に居て、自分がここにいると認識したのだっていつかは覚えていない。 「ルークの生み親はヴァン総長なのですよね? 聞けば教えて下さいますかしら。」 諦めるのは早いとナタリアが進言する。ルークの生い立ちは複雑だが、コーラル城でアッシュのレプリカとして生まれたことは知っている。 「どうでしょうかね。まず、聞く機会がないと思いますが。」 望みをつぶすわけではないが、現実はそうなのでジェイドは冷静に言う。事実、ヴァンは敵になっているので会うような機会などないし、コーラル城で生み出されたルークに関する記録は、あの場には残されておらず消されていたのだ。 「…ごめん。俺、釣りの途中だったから行って来るよ。ミュウはここで待ってろよ。」 具袋からぽんっとミュウを取り出して、早口でルークは言った。 「みゅう〜ご主人様。」 辿り着けるほどミュウの足は速くはない。あっという間にルークは走り去ってしまったのだった。 考えてくれたみんなには申し訳ないが、でも祝ってもらうのも何だか情けなくて。とりあえずどこでもいいから適当に走って、息切れをして森の小川の前で止まった。思いっきり息を吸い込むと清らかな空気が迷い込む。それと同時に違う振動がルークに襲い掛かる。 「つっ、この痛みは…」 頭に容赦なく襲い掛かる鈍痛に、意識がそっちに持っていかれる。左手をわずかに耳の近くに持っていくと、少しずつ聞こえる声。 「おい、レプリカ。ローレライの宝珠は見つかったか。」 やっぱり頭の中に響いてきたのはアッシュの声で、これは譲歩して何とかやってもらっている定期連絡だった。正直、ここまでたどり着くのだって大変だった。なんたって、アッシュはルークたちと群れるのが嫌らしく、必要以外は連絡をとってくれようとしないのだから。頑なに別行動を通そうとしたのだが、目的の一つであるローレライの宝珠の発見で、すれ違いや行き違いになるのは困るということで、ナタリアの説得もあってようやくしぶしぶたまに状況を確認してくれるようになったのだ。 「ごめん、まだ見つかってない。」 そっちもまだ見つかっていないようなアッシュの口ぶりに答える。ローレライの宝珠とヴァン師匠を見つける事が当面の目的であり、そのために度をしているが、なかなか都合よく見つかるようなものではない。またか…と呆れられるはわかっていたが、ないものはないので素直にそう言った。 「ちっ、じゃあな。」 収穫はなしかという事態に、僅かに舌打ちが混じり、本当に最低限の用件だけで、アッシュは終わらせようとする。気が短い様子があっさり伺える。 「ちょっと、待ってくれ。」 慌てるルークは回線が遠ざかる前に、静止の声を精一杯投げかける。無様なもので、これで定期連絡がお終いということも過去に何度かあったのだ。いつものように二の舞を踏んでいる場合じゃない。 「他に用か?」 めんどうくさそうに、一応回線は繋げたままにしていてくれている。 「あのさ… 誕生日おめでとう。」 こんな機会滅多にないかもしれないから、ルークははっきり伝えた。アッシュに出会ってから始めて迎える誕生日だと思う。 「なんだ、それは嫌味か?」 意外な言葉に拍子抜けしつつも、多分向こうで眉間にしわを寄せたのが何となくルークにもわかる。自分の誕生日という事は必然的にアッシュだって、ルークの誕生日のことはわかっている。別にどうでもいいが、今まで自分の身代わりとして祝られてきて、それが漠然と消え去ってしまったのだ。今度は逆に恨まれる番なのかと思った。 「違うよ。ほら、アッシュって誰かに誕生日言ったりしなそうだったからさ、誰にもお祝いされないなんて悲しいじゃん。」 自分はもう諦めているけど、きちんと誕生日があるアッシュには、祝いたかった。ルークとアッシュの付き合いは時間的には短いが、そのどれもが強烈だったので、大体性格ぐらいはわかって来た。自分は未だに戻ってきた欲しいと思っているが、ルーク・フォン・ファブレの名を捨てたときに誕生日まで引きずるとはあまり思わなかったのだ。全てルークの勝手な想像だったが、大体当たっていたようで、微妙な顔を向けられた。 「ふんっ。屑に同情されるとはな、お前こそ本当の自分の誕生日なんて知らないだろう。可哀想だな。」 皮肉ってそう言ってやる。確かに図星で誕生日など、もうとっくの昔に忘れていたようなものだった。だから数年ぶりに祝われたのが、まさかレプリカルークからとは思いもしなかったのだ。不意をつかれた。 「別にいいよ。俺は今まで誕生日をどうとか思っていなかったから、今が本当は八歳なんだか七歳なんだか微妙な差だろ。」 知りたくないと言えば嘘になるけど、もうそれでいいと思った。多分、自分の誕生日を知ることは一生ないと思った。唯一のヴァン師匠は倒すべき相手なのだから。少し伏し目がちでルークは言う。自分の誕生日なんかに比べたら、居場所を奪われたアッシュの方が断然苦しいだろう。 「………ヴァンは俺を誘拐したが、最初に監禁をしたのはダアトだった。」 長い沈黙のあとに突然、まるで物語を語るようにアッシュはしゃべりだす。 「どうしたんだ?」 ルークが戸惑いの言葉を出したが、アッシュは構わず続ける。 「ダアトにいたのはそれほど長い時間ではなかったが、最後は軟禁状態だった。部屋自体も相応の対応で、カレンダーもあったしな。日々の経過ぐらいは把握していた。そして、コーラル城に連れて行かれた日がいつだったかはっきり覚えている。」 あまり思い出したくない出来事であったので淡々と語るようにしゃべる。ヴァンに連れてこられた当初は訳もわからず反抗的になり、最初は自暴自棄だったりもしたけど、それほど酷い扱いは受けなかった。 「それって、まさか…」 七歳児だったアッシュがそれを覚えているだなんて想像もしていなくて、震える声でルークは聞く。 「ローレライデーカン・レム・48の日。フォミクリー実験に身体が耐えられるようにと、七歳になったばかりの俺をヴァンは装置にかけた。」 アッシュは直接的にはその先を答えない。ただ、淡々とそう言った。 「…ということは俺の誕生日って、アッシュと一緒ってことなのか?」 今の話が本当なら、そういう答えになる。嬉しくてこんなに震えるのは久しぶりだった。偽りと嫌になった過去の誕生日が、例え本当はアッシュのためでも、年齢が違っても、それでも自分に対して僅かにでも向けられたとしたのなら… 「そう思うのはお前の自由だ。俺が嘘を言っているのかもしれないしな。」 ふんっと鼻をならして、言葉を発す。証拠になるのはアッシュの記憶だけだ。いくらでも作れるお話…それでも……… 「ううん。いいんだ。ありがとう。」 嘘でも本当でも良かった。ただ、アッシュが自分を気にかけてくれたことだけで、ルークは救われたのだ。今日から胸を張って言えるだろう、自分の誕生日を。それは今この瞬間に出来たのだから。アッシュが与えてくれたこの日はなんて素晴らしいのだろう。どこまでも、輝かしく見えた。 そして一緒の誕生日だったことが、何よりも嬉しかった。 どこまでも同じであることの喜びに包まれたのだった。 2008/12/28 冬コミ無料配布本8169より menu |