キムラスカ・ランバルディア王国、ファブレ公爵邸。 その日もいつもどおりの公務をおこなっていたアッシュはようやく二十歳になろうとしていた。 子爵としての冠をもらっているので、与えられている仕事は数多い。 今日は珍しく積もる書類が少なく夕方になる前に公務を終える事が出来た。 廻って来た最後の一枚に目を通し、サインを加えると羽根ペンを机の上においた。 あまった時間で読書でもするかと真新しい本棚へと向かおうとすると、ノックと共にアッシュの部屋に入ってくる者がいる。 こんなに気楽にこの部屋に入室してくるのはただ一人しかいないので、名前を呼ばれる前にアッシュは振り向いた。 案の定、そこにいたのは弟のルークで、彼の方も公務が終わったようでこちらに来たようだった。 他に兄弟もいないのだが、双子として生まれたアッシュとルークは小さい頃からとても仲良くしていたので今更な仲であった。 ルークはアッシュに、二十歳の誕生日パーティーにヴァン師匠が来てくれることになったと伝えた。 ヴァンは昔からの二人の剣の師匠であるのだが、多忙のため最近はなかなか会えない状態になっていた。 そしてファブレ公爵邸で迎えたパーティーの日。 帯刀を許されたのは主役の二人だけという厳格な場に、譜歌が流れる。 次々と深い眠りに落ちる人々の合間を縫って現れたのはティアで、狙う先はヴァン。 不意をつかれたヴァンはなんとかティアの攻撃をかわすが、やや劣勢に陥る。 そんな状態を黙って見過ごすようなアッシュではない。 重い身体を引きずりながらも剣を抜き去り、ティアへと向かっていった。 瞬間的に訪れる疑似超振動。 しまった…と叫ぶヴァンと出遅れたルークを残したまま、アッシュとティアは光と共に飛び去ってしまった。 次に目覚めた場所はタタル渓谷であった。 ティアに起こされたアッシュだったが、師匠を狙った不信すぎるその女を信用することは出来なかった。 そんなアッシュにティアは「やはり記憶が戻っていないのね」と呟く。 やがて二人の間を割り居るように、引き合わさせる一人の男が現れる。 その男はアッシュとルークにとても似ている容姿はしていたが、まとっている雰囲気は神秘的でとても人間とは思えなかった。 声ではなくアッシュの頭に直接語りかけて来て、男は名をローレライだと言った。 ローレライがアッシュに直接触れた途端、押し寄せる言語の波。 過去の本当の記憶が一気に舞い戻る。 そうだ…自分はエルドラントで死亡をした筈で、なぜ生きてこんなところにいる? 混乱するしかないアッシュにティアが今までの経緯を説明し始める。 あのエルドラントで最後の決戦としてルークたちはヴァンに立ち向かったのだが、第二超振動の力をもってしても歯が立たず、結局負けてしまった。 そんなティアたちを助けたのは決戦の合間に隙を見て逃げたローレライだったが、ヴァンに使役されて弱った身では、それをするのが精一杯。 邪魔者がいなくなった世界で、ヴァンは着実にレプリカだけの世界を作り上げようとしていた。 しかしローレライが逃げたため世界中の第七音素が足りなくなって、理想たる完全なるレプリカの世界を作ることはできなかった。 ヴァンはローレライをおびき寄せる餌として、アッシュに目をつける。 ローレライが音譜帯に向かうには、どうしてもアッシュの協力が必要だ。 瓦礫の中に落ちていたアッシュを回収したヴァンは、第七音素で脳に直接揺さぶりをかけて記憶を書き換えて、平和な世の中に生きているように偽装を施した。 両親もメイドも全てレプリカにすり替えて、完全なる監視体制に置いたのだ。 そして極めつけとして弟としてルークを置いた。 あのルークは、以前のアッシュが知っているルークではなく、後に数多く作られたアッシュのレプリカの一人であった。 そして肝心の本当のルークは行方知れずで、おそらくヴァンが居場所を知っている。と。 そんなどうでも良い存在を弟として置かれて、本当のルークは監禁されている。 アッシュは心底怒った。 ほどなく場所を突き止めた捜索隊がタタル渓谷にやってくる。 ティアとローレライは姿を隠したが、アッシュは逃げることが出来ない。 本当のルークを助けるために、再び監視の目が光るファブレ公爵邸に戻って行った。 屋敷に着くまでには随分と時間が経過して、既に誕生日パーティーは終わっており、手がかりを知るヴァンも居なくなっていた。 記憶が戻った事を知られれば本当のルークの命が危ないと悟ったアッシュは何事もなかったかのように日々を過ごすことにする。 記憶が戻ったアッシュは第七音素の力を自由に使うことが出来るようになっていた。 以前は戦闘用としか活用の場がなかったが、今は物を浮かせたりと多岐に渡るようになっている。 どうにかしてヴァンと接触しなければならないが、偽りの弟ルークの監視がどうしてもネックとなっていた。 平素のルークの様子は、やんちゃで明るい弟で兄であるアッシュをとても慕っているように見えた。 事あるごとに近寄ってくるのも監視のためだとしても。 この偽の弟をどうにかしなくては動きたくても制限されてしまう。 しかし殺してしまうということは、記憶が戻ったと安易に示してしまうことにもなる。 まず作戦を考えるに当たり、敵の情報が必要であった。 アッシュは改めてこのレプリカで塗り固められた世界をきちんと調べなおし、ヴァンがどこを本拠地にしているか探る事にする。 その日のアッシュのルークの公務は別々であった。 二人ともバチカルの見回りをすることになっていたが、ルートは別々に書き換える。 そうしてアッシュは早い時間に、体調が悪くなったことを従者に告げて、屋敷に戻った。 ごく自然にでも素早くルークの個人部屋に潜り込む。 何度も来た事はあるが、一人でじっくりと入った事などはない。 アッシュを監視する役目を担っているならば、ヴァンに繋がる手がかりが必ずあると確信していたので注意深く室内を探す。 そして本棚の床に不自然な日焼けの痕を見つけた。 本来ならば焼けているはずの床を注意深く観察すると、わずかにたまっていたほこりも同じようになかった。 本棚の隅を注意深く見ると小さな隠し扉があり、押して中を開くと鍵で本棚を押せる仕組みとなっていた。 もちろんアッシュは鍵など持ってはいない。 本がぎっちりと詰まった本棚はとても一人で動かせるような代物ではないし、たとえ動かせたとしても痕跡がくっきりと残ってしまうだろう。 仕方なく第七音素の力を使い本棚を持ち上げると、床下から厳重に保管された書類が出てくる。 中に目を通すと、想像通り自分に関するの報告書がルークの字で事細かく書かれていた。 更に手がかりを探すアッシュだったが、瞬間書類が宙を浮いた。 ふよふよと漂って部屋の入り口へと向かう。 入り口にいたのはルークで、書類を左手で回収しながらも右手にはしっかりと剣が握られてアッシュに向けられていた。 「やっぱり記憶が戻ったんだな」と悲しそうに呟きながら。 アッシュとルークの剣術はほぼ互角である。 ここで殺されない覚悟もあるが、ルークを殺すことは他の監視の目を厳しくするだけなので出来なかった。 仕方なくアッシュは取引を持ちかける。 『ルークにローレライと会わせる。』と。 監視者とはいえルークの最大の目的はローレライの確保だった。 しばらくアッシュのことは見知らぬふりをして泳がせたとしても、ローレライを捕まえることが出来れば大成だ。 やっと自分が生まれた意味を成し終えることが出来ると思った。 ルークはアッシュの案に了承をした。 そしてケセドニア視察の公務中に事件がおきる。 封鎖してあったはずのレプリカ研究施設に生き残っていたオリジナルが生息しており、オリジナルであるアッシュを引き込もうと宿へ襲撃をかけたのだった。 バチカルから離れた地であるため警備も完全ではない。 あっさりと宿は火を放たれた。 アッシュを迎えに来たオリジナルたち。 レプリカであるルークは捨て去られて火の中に呑まれる。 第七音素の力を使い何とか逃げようとするが、火の手はどんどんと勢いを増し道が無くなる。 ルークは三年前にこの任務のためだけに作られたレプリカだった。 数あるレプリカの中で一番潜在能力が高かったため自分一人だけが選ばれた。 それでも短い人生もこんなことで終わりかと、二酸化炭素の中で息たえようとした。 薄れ行く意識の中だったが、近くで起きた大きな爆発音にルークははっと意識が戻った。 大方火事の影響でガスでも爆発したのだろうと思ったが、そうではなかった。 ぽっかりと空いた壁が空間となって外の景色を見せる。 第七音素の力を使って浮かんでやってきたのはアッシュだった。 床に倒れていたルークを同じく浮き上がらせて外へと避難させる。 なんで…どうして……とルークは混乱する。 自分が死んだほうがアッシュにとっては絶対に好都合の筈だ。 逃げられるし監視の目も強烈にはつかなくなる。 それなのに、なぜ助けに来てくれたのかと。 アッシュは言った。 「たとえ偽りの三年間だとしても弟として過ごしたお前が大切だし、その思い出は偽りじゃない。だからこそ救われた部分もあった。」と。 そしてレプリカ施設に隠れていたオリジナルと共に約束どおりローレライをルークへと引き合わせた。 しかしルークはローレライを捕獲しなかった。 手を伸ばせば届く位置にあるのに、することが出来なかったのだ。 自分を大切だと言ってくれたアッシュ。 ローレライをヴァンに引き渡せばアッシュは殺されてしまうだろう。 それに自分だって第七音素が扱えるという価値しかない自分に、未来はそれほどない。 知らぬ間にアッシュを大切に思ってしまっていたルークには、もう何もすることが出来なかったのだ。 二人は再びバチカルへと帰る。 偽りを偽りとして演じるために。 一人きりになった自室で、アッシュは趣味であるチェスの駒を一つ進めた。 ”ルーク”は簡単に動かせた。手駒となる。 使える駒は使い倒してやる。 本物のルークを取り戻すために、せいぜい良い様に利用してやろう。 さんざん使い倒してボロ雑巾のように捨ててやる。 そう思いながら、アッシュは暗闇の中で一人薄く笑みを浮かべたのだった。 コードギアスのルルーシュのボロ雑巾発言がとても良かったので、アシュルクでもやってみました。 世界観的には前にちろっと呟いたレプリカだけの世界に近い感じです。 アッシュ=ルルーシュ 長髪ルーク=ロロ 短髪ルーク=ナナリー ヴァン=ブレタニア皇帝 ローレライ=C.C ティア=カレン という配役かな?声優的には、ティアがC.Cなのが良かったけど。 2008/04/29 back |