今日書く日記も、多分つまらない。 見上げる譜石帯のことをルークはなんとも思っていなかった。 ただ、そこにあるだけの存在。 どんなにあり続けようとも、所詮手が届くようなものではないし、自分には関係ないのだ。 だから見上げたのは本当に気まぐれで、それで終わりなのだ。 バチカルのファブレ公爵邸で軟禁される暮らしは、変わりはしない。 今日もまた、平凡な日々が始まると思った。 そんな中、キーンと頭に割り込む音がする。 「――――――――ルーク……我がたましいの片割れよ……我が声に……」 また、変な声が割り込んでくるのが嫌で、ルークは思わず頭を抱えてうずくまった。 苦痛に滲ませる顔はわずかに歪む。 「どうした、ルーク!また例の頭痛か!?」 助けを求める前に、飛び込んでくる声がある。 それは部屋の扉からもたらされたものではなく、対面の窓からかかった声であった。 眉間をしかめながらも顔をあげると、そこにいたのはガイで、すぐさまこちらに寄ってきてくれる。 平気だと軽く手でリアクションしてから、片膝をついたまま半分立ち上がって、ルークは机の上に置いてあったメモ帳を手にする。 そのまま、するりと流れるようにペンで文字を書きつづると、ガイに示す。 『大丈夫。治まってきた。』 と、フォニック言語でつづられた文面。 「また幻聴か?酷くなるようなら医者に診てもらうからな。」 そう言われたので、少し嫌だなと思いつつ、仕方なくルークはこくんと頷いた。 YESかNOの意思伝達が微妙なとき、ルークはいつもこんな表情をするので、ガイもなんとなくそれを悟っている。 ルークは言葉を話せないので、それ以上の追及もしなかった。 生まれた時から話せないわけではなく、誘拐をされて戻ってきた彼には、いくら教育しても言葉を話すということが出来なかった。 器官が忽然と欠落していたわけでもなく、なぜかルークにはそれが出来ないのだ。 同情や憐れみが欲しいというわけではなかろうが、記憶喪失でもあり余計にガイは不憫に思えた。 「じゃあ、何かあったら直ぐに呼べよ。」 頭痛の起きたルークは少し安静にしておいた方がいいからと判断して、ガイは何事もなかったかのように軽く部屋を出た。 ああ、眠ってしまいたい――― 起きたばかりだというのに、ルークはそう思ってしまうほど憂鬱。 呼ぶと言っても物音をたてる程度しかできないので、いつか勝手に倒れて死んでいるかもしれないなと、悪い想像さえしてしまう。 あまり昔のことをぐたぐた言われるのは好きではなかったのでそれほど積極的には聞かなかったが、誘拐される前は普通にしゃべれたらしいから、余計に周囲の落胆は酷いものだ。 ふてくされる様に、ごろんとベッドに転がりこむ。 瞳を閉じても眠くないのだ。 夢が見たい。 いつも見るあの夢を。 「また、来たのか?」 呆れたように夢の世界で出会う、自分と同じ顔と姿をした男がしゃべった。 最初はドッベルゲンガーの類かとルークは思ったが、そもそも夢なのだから、何でもありなのだと思っている。 彼こそが唯一自分と会話が成り立つ相手だ。 性格はぶっきらぼうで、自分とはまた違った口の悪さを持っている。 もし、彼に会うことができたら、現実でも何だか話せるような気がするんだ。 鍵を持つのは、同じ顔をした彼。 本当に出会ってしまった時、全てが始まる。 2009/01/14 menu |